最新記事

映画

『ペンタゴン・ペーパーズ』抵抗の物語は今と重なる

2018年3月30日(金)18時30分
フレッド・カプラン(スレート誌コラム二スト)

magc180330-penta02.jpg

ワシントン・ポスト紙はこのスクープでメジャーになった (c) TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC.

もともとの脚本はグラハム自身の成長に主眼を置いている。主な土台になっているのは97年の回想録『キャサリン・グラハム わが人生』だ(3月に本書を再構成した『ペンタゴン・ペーパーズ 「キャサリン・グラハム わが人生」より』が発売)。

63年、温室育ちのグラハムは自殺した夫に代わり新聞社トップに就任するが、周囲からまともに相手にされず自信もない。だが機密文書をめぐる圧力のなかリーダーとして責任を果たすことを迫られ、米出版界の大物、働く女性の模範的存在へと変貌を遂げる。

スピルバーグはエルズバーグの変化、ベトナム戦争をめぐる政治エリート層の嘘、締め切りに追われるジャーナリストの日常なども描いている。だが主題はあくまでも、まだ「ミズ」という敬称が珍しく、男女平等の概念がお世辞ですら支持されにくかった時代に、男社会で台頭していくグラハムの姿だ。

メリル・ストリープ演じるグラハムはグラハムそのもの。(実話どおり)パーティーの最中、ブラッドリーらから電話で、入手した文書を公表するかどうか即断を迫られるシーン。彼女の顔が次第にクローズアップされ、表情が微妙に変化する。

これまでの人生の不安、迷い、なおざりにしてきたこと、抑え付けてきた反抗心。それらを全て吐き出すかのように彼女は口を開く。「いいわ、公表しましょう」。素晴らしい解放の瞬間であり、映画史上最高の名場面だ。

トム・ハンクスのブラッドリーも意外にはまり役だ。威勢のよさと不屈の精神、高い志への憧れが程よく混じり合っている(『大統領の陰謀』でジェーソン・ロバーズ演じるブラッドリーが自然に漂わせていた上流育ちらしい魅力には欠けるが)。

実話どおりでない部分もある。映画の冒頭、タカ派だったエルズバーグが反戦に転じ機密文書をリークする場面では、歪曲に近いくらい時間の流れが圧縮される。映画のエルズバーグ(マシュー・リース)は、ロバート・マクナマラ国防長官が戦況は悪いと内々に漏らす一方、数分後の記者会見では戦況は良好と言うのを耳にする。次のシーンでエルズバーグは機密文書を保管庫から取り出し、コピー機に向かう。

現実には文書が完成したのはマクナマラの嘘から約3年後で、エルズバーグがリークを決意した直接の動機はほかにあった。それでも嘘が決意を固める一因になったのは事実で、時間軸の圧縮は監督の特権として許容範囲だと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イラン核施設への限定的攻撃をなお検討=

ワールド

米最高裁、ベネズエラ移民の強制送還に一時停止を命令

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪肝に対する見方を変えてしまう新習慣とは
  • 3
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず出版すべき本である
  • 4
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 5
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 8
    ロシア軍高官の車を、ウクライナ自爆ドローンが急襲.…
  • 9
    ロシア軍が従来にない大規模攻撃を実施も、「精密爆…
  • 10
    ロシア軍、「大規模部隊による攻撃」に戦術転換...数…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 9
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中