『ペンタゴン・ペーパーズ』抵抗の物語は今と重なる
もともとの脚本はグラハム自身の成長に主眼を置いている。主な土台になっているのは97年の回想録『キャサリン・グラハム わが人生』だ(3月に本書を再構成した『ペンタゴン・ペーパーズ 「キャサリン・グラハム わが人生」より』が発売)。
63年、温室育ちのグラハムは自殺した夫に代わり新聞社トップに就任するが、周囲からまともに相手にされず自信もない。だが機密文書をめぐる圧力のなかリーダーとして責任を果たすことを迫られ、米出版界の大物、働く女性の模範的存在へと変貌を遂げる。
スピルバーグはエルズバーグの変化、ベトナム戦争をめぐる政治エリート層の嘘、締め切りに追われるジャーナリストの日常なども描いている。だが主題はあくまでも、まだ「ミズ」という敬称が珍しく、男女平等の概念がお世辞ですら支持されにくかった時代に、男社会で台頭していくグラハムの姿だ。
メリル・ストリープ演じるグラハムはグラハムそのもの。(実話どおり)パーティーの最中、ブラッドリーらから電話で、入手した文書を公表するかどうか即断を迫られるシーン。彼女の顔が次第にクローズアップされ、表情が微妙に変化する。
これまでの人生の不安、迷い、なおざりにしてきたこと、抑え付けてきた反抗心。それらを全て吐き出すかのように彼女は口を開く。「いいわ、公表しましょう」。素晴らしい解放の瞬間であり、映画史上最高の名場面だ。
トム・ハンクスのブラッドリーも意外にはまり役だ。威勢のよさと不屈の精神、高い志への憧れが程よく混じり合っている(『大統領の陰謀』でジェーソン・ロバーズ演じるブラッドリーが自然に漂わせていた上流育ちらしい魅力には欠けるが)。
実話どおりでない部分もある。映画の冒頭、タカ派だったエルズバーグが反戦に転じ機密文書をリークする場面では、歪曲に近いくらい時間の流れが圧縮される。映画のエルズバーグ(マシュー・リース)は、ロバート・マクナマラ国防長官が戦況は悪いと内々に漏らす一方、数分後の記者会見では戦況は良好と言うのを耳にする。次のシーンでエルズバーグは機密文書を保管庫から取り出し、コピー機に向かう。
現実には文書が完成したのはマクナマラの嘘から約3年後で、エルズバーグがリークを決意した直接の動機はほかにあった。それでも嘘が決意を固める一因になったのは事実で、時間軸の圧縮は監督の特権として許容範囲だと思う。