最新記事

シリア情勢

アサド政権に続いて化学兵器を使用したのはアメリカが支援するクルド人勢力?

2018年2月8日(木)19時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

化学兵器攻撃に備えるシリアの医療スタッフ 2017年6月 Murad Sezer-REUTERS

<アサド政権の化学兵器使用につづき、アメリカの支援を受けるクルド人武装勢力が塩素ガスを使用したとの情報が流れた>

シリア軍がイドリブ県南東部やダマスカス郊外県東グータ地方で塩素ガスを使用したとの情報が流れ、米国が批判の語気を強めるなか、アレッポ県アフリーン市一帯でも塩素ガスによる攻撃が行われたとの報告がなされた。

トルコ軍が1月20日にクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)が主導する西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の支配地域に対して開始した「オリーブの枝」作戦に参加する「自由シリア軍」は6日、以下のような緊急声明を出したのである。

「PYDのテロ民兵が塩素ガスを装填して撃った迫撃砲1発が、アフリーン(郡)北部のブルブル(区)シャイフ・ハッルーズ村の前線拠点に着弾し、自由シリア軍メンバー20人が負傷、うち7人は重傷となった」

aoyama1.jpg

syria.liveuamap.comより転載

拙稿で述べた通り、「オリーブの枝」作戦に参加する自由シリア軍は、トルコの支援を受けるシャーム軍団、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動、ヌールッディーン・ザンキー運動など28の武装集団からなる組織だ。

「PYDのテロ民兵」とは、ロジャヴァの武装組織「人民防衛部隊」(YPG)のことで、米主導の有志連合がシリア領内でのイスラーム国との戦いで支援してきた「協力部隊」(partner forces)の中軸をなす組織だ。だが、トルコは、このPYD、ロジャヴァ、YPG、さらにはシリア民主軍を、クルディスタン労働者党(PKK)と同根の「テロリスト」とみなし、「オリーブの枝」作戦ではその根絶が掲げられている。

米国にとって、今回の化学兵器使用疑惑はフェイクでなければならない

自由シリア軍の緊急声明の真偽は定かではない。仮にYPGが塩素ガスを使用していたとしたとしたら、米国の支援を受ける武装勢力がシリア軍と同罪を犯したことになる。一方、声明が事実無根だとしたら、自由シリア軍は、YPG、そしてその背後にいる米国を貶めるためのプロパガンダ活動を行っていることになる。

だが、化学兵器をめぐる問題において、留意しておくべきは、実際に使われたか否かということよりは、むしろそれが各当事者によって都合良く解釈され、利用されるということにある。シリア軍の化学兵器への追及の手をにわかに強めるようになった米国にとって、YPGによる化学兵器使用疑惑は、あくまでもフェイクでなければならない。

なぜなら、そうでなければ、YPG支援を通じて得た利権を手放すよう迫るトルコをさらに増長させるだけでなく、無差別攻撃を続ける(と米国が非難する)アサド政権やロシアの残虐性を曖昧にし、米国の二重基準を際立たせてしまうからである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

カナダ、報復関税の一部免除へ 自動車メーカーなど

ワールド

米アップル、3月にiPhoneを駆け込み空輸 イン

ワールド

NATO事務総長「揺るぎない支援」再表明、オデーサ

ワールド

再送-黒海安保、トルコで15─16日に4カ国会合 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 4
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 5
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 7
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    そんなにむしって大丈夫? 昼寝中の猫から毛を「引…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中