最新記事

シリア情勢

イスラム国の首都ラッカを解放したが、スケープゴートの危機にあるクルド

2017年10月25日(水)19時51分
青山弘之(東京外国語大学教授)

「正当な反体制派」として認められることはない

ロジャヴァが、シリア内戦の停戦・和解に向けたアスタナ・プロセスとジュネーブ・プロセスのいずれにも当事者としての参加を許されていないことも、彼らの立場を弱くしている。トルコがシリア内戦の主要な当時者である限り、彼らは「テロとの戦い」の標的になることはあっても、「正当な反体制派」として認められることはないだろう。厄介なのは、両プロセスに代表を送り出している反体制派が、トルコの後援を受けていることもあいまって、ロジャヴァに反感を抱いていることだ。その結果、ロジャヴァは、北シリア民主連邦の樹立をめぐって対立を深めているシリア政府との戦略的関係を維持せざるを得ない。

むろん、ロジャヴァはシリア政府とは敵対していない。彼らは、イスラーム国、そしてシャーム解放委員会を含む反体制派との戦いにおいてシリア政府と連携してきたし、両者の支配地域は経済的に不可分に結びついている。とはいえ、ハーフィズ・アサド前大統領が、1998年にトルコの圧力を受けて、シリアとレバノンを活動拠点としていたPKKのアブドゥッラ・オジャラン党首を国外に追放し、その後ほどなく逃亡先のケニアで拘束された過去の経験を想起すると、信頼に基づいてシリア政府と関係を築くことは現実味がない。

「石油をめぐる戦い」への移行

ロジャヴァがダイル・ザウル県東部への支配地域拡大に邁進しているのは、こうした困難な境遇に対処しようとしているからだと考えられる。米国は当初、YPGではなく、ダイル・ザウル県出身者を擁する東部獅子軍、殉教者アフマド・アブドゥー軍団、さらにはアラブ人部族の民兵などを、同地の解放を目的とした「ユーフラテスの嵐」作戦の中軸に据えようとしていた。だが、9月に開始された作戦を主導したのは、シリア民主軍の主力をなすYPGだった。

「ユーフラテスの嵐」作戦でシリア民主軍が手に入れていったのは、これまでのような居住地域ではなく石油関連施設で、奇妙なことにイスラーム国の抵抗もほとんどなかった。彼らは9月には、ダイル・ザウル市東部のCONOCOガス工場、イズバ・ガス工場、ジャフラ油田を制圧、10月22日にはシリア最大の油田であるウマル油田を掌握していった。クルド人がほとんど居住していない地域での作戦という点では、ラッカ市解放戦と同じだが、そこにはイスラーム国の殲滅という大義ではなく、むしろ欧米諸国の経済安全保障にアピールしようとする意図が感じられる。

むろん、ロジャヴァが掌握した油田をどのように管理しようとしているのかは現時点では分からない。イスラーム国と同じように、トルコ(そしてシリア政府支配地域)に石油を密輸し、自らの支配を維持強化するための資金源にしようとするかもしれない。また、トルコが警鐘を鳴らすように、地中海岸まで支配地域を伸張し、対外輸出を企てているのかもしれない。だが、「テロとの戦い」から「石油をめぐる戦い」への移行は、ロジャヴァが自らを欧米陣営のなかに有機的に組み込むことで生き残りを図ろうとしているとも解釈できる。

米国がシリア各所に設置した基地を撤退させる気配は今のところなく、シリア駐留(ないしは部分占領)は当面続くだろう。また西側諸国も、ラッカ市への人道支援の名のもと、ロジャヴァの実効支配を既成事実化しようとしている。それゆえ、ロジャヴァが近い将来、イスラーム国に代わる「テロとの戦い」の標的として国際社会の包囲と攻撃に曝されることはないだろう。だが、ロジャヴァがシリア内戦の混乱のなかで勝ち取った自治を維持しようとして腐心すればするほど、彼らはシリア政府に対する「自治」ではなく、欧米諸国への「従属」を強めるという矛盾に陥ってしまうのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中