最新記事

シリア情勢

イスラム国の首都ラッカを解放したが、スケープゴートの危機にあるクルド

2017年10月25日(水)19時51分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ラッカ市の解放が、ロジャヴァにとって意味するもの

ラッカ市の解放が、ロジャヴァにとって重要な戦果であることは言うまでもない。だが同時に、それはイスラーム国に対する彼らの「テロとの戦い」が終わったことを意味した。

その理由は、シリア民主軍がラッカ市での戦闘に注力している間に、シリア軍が東部で支配地域を大幅に拡大したためだ。これにより、ロジャヴァが支配する北東部と、イスラーム国の牙城である南東部のユーフラテス川右岸(西岸)地域は物理的に隔てられ、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の主導権はシリア軍が握るところとなった。

シリア軍は10月14日、予備部隊(シリア人民兵)や同盟部隊(外国人民兵、ロシア軍)とともに、イスラーム国の「治安部門の首都」、ないしは「武器庫」と称されるダイル・ザウル県マヤーディーン市を制圧し、イラクとの国境に面するブーカマール市に向けて進軍を続けた。また、米主導の有志連合が制空権を握っていたはずのユーフラテス川左岸(東岸)でも戦闘を本格化させた。

シリア民主軍を支援する有志連合も空爆を減少させた。有志連合は、ドナルド・トランプ米政権が発足する直前から、シリア領内のイスラーム国拠点に対して1日20〜30回に及ぶ爆撃を行うようになっていた。だが、ラッカ市解放以降、その数は1日2〜3回程度となった。

スケープゴートにされる危機

ラッカ市を解放したロジャヴァがもっとも恐れているのは、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の一翼を担うことで得ていた「利用価値」が失われ、イスラーム国に代わる新たなスケープゴートにされることだ。最大の後ろ盾であるはずのトランプ米政権がシリアへの関与を弱める一方で、ロジャヴァをクルディスタン労働者党(PKK)と同根のテロ組織のみなすトルコがロシアとの連携を強めている現況において、この危機感はより差し迫ったものとなっている。

トルコは10月8日と11日、イドリブ県一帯での緊張緩和地帯の設置、停戦監視部隊の派遣、シャーム解放委員会に対する「テロとの戦い」にかかるアスタナ6会議での合意を履行するとして、シリア領内に部隊を派遣し、ロジャヴァの拠点都市アフリーン市を見下ろすアレッポ県北西部の丘陵地帯(サルワ村近郊)に進駐させた。進駐に際しては、「テロとの戦い」の標的であるはずのシャーム解放委員会が黒旗を掲げて部隊をエスコートした。トルコ軍はまた、14日にはイドリブ県東部のタフタナーズ航空基地をシャーム解放委員会から引き継いだ。

トルコによるアスタナ6会議の「改悪」に対して、ロシアは疑義を呈するどころか、同調するような動きを見せた。ロシア軍部隊は21日、アフリーン市東部のマンナグ航空基地に展開していたシリア民主軍を撤退させ、これに代わって同地に進駐したのである。

こうした動きは、トルコが、ロジャヴァを壊滅に追い込むフリーハンドをロシアから与えられたことを示すものではない。だが、両国には、自らにとって都合が良いかたちで内戦を終息させるため、ロジャヴァをいつでも陥れる用意があることは確かだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イスラエル、ガザ住民受け入れ巡りアフリカ3カ国

ビジネス

三菱UFJ銀、ジャックスの持ち株比率4割に 約39

ビジネス

アングル:「官僚主義」が阻む景気回復、ドイツ企業が

ワールド

中国・イラン・ロシア、北京で次官級会合 イラン核問
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 3
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ?
  • 4
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 5
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 6
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 7
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 8
    「紀元60年頃の夫婦の暮らし」すらありありと...最新…
  • 9
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎…
  • 10
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 8
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中