最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

地上に名前の残らない人間たちの尊厳

2017年9月5日(火)15時45分
いとうせいこう

ファビアンに話を聞く

アナは他の用事で去った。ファビアンは屋根付きの共同スペースに残った。コーヒーでも入れて飲む気らしい。

そこで話を聞かせてくれるか、聞いてみた。もちろんOKだった。ソファに向かい合って座り、彼の取材を始めた。

目のくりくりした、笑顔の優しいファビアンはアヴィニヨン生まれで、今回が初ミッションという初々しいスタッフであった。

もともとパリでソーラーシステムの仕事をしていたというから、環境問題に興味があったのだろう。WATSAN(水と衛生)、下水システムを学生時代に学んだ彼は、やがて私企業に入って働いた。けれど、日に日に不満が募ったのだという。


「お金のことばっかり考えるのが嫌になったんです」

とファビアンはにっこり笑った。

信頼出来る先輩がいて、すでに人道援助組織で6年活動していた。ファビアンもそういう仕事がしたいと思った。

企業を3年でやめて、MSFに入った。彼からは満ち足りた活動による心の「張り」のようなものが光みたいに放射されていた。

そもそもMSFがフランス発の組織であることが彼らの幸福だと俺は思った。社会貢献をしたい時、苦しんでいる他国の人の役に立ちたいと思った時、彼らがそこに参加するのはきわめて日常的なことなのに違いなかった。

その点、俺たちの日本ではそこに一段階も二段階も超えなければならないことがある。周囲にMSFがどんな組織であるかを理解してもらいにくい(それをクリアする一助になれば、と俺はこの連載をコツコツ続けてきたわけだ)、しかもその周囲は話をいくら聞いても「なぜ?」と考える(NGOへの共感、尊敬がまだまだまだ低いから)、いったん活動しても母国に帰ると仕事がなくなっている(それでもフランスでさえ非医療関係者は仕事を見つけにくいというから、日本はどれほどの状況か。くわしくはギリシャ編でも説明した通りだ)......。

ito0831b.jpg

ファビアン・リューと

続いて、俺は聞いてみた。

「人道援助組織は他にもありますけど、なぜMSFだったんですか?」

するとファビアンは身を乗り出して答えた。


「MSFは問題が起こった場所に素早く入りますよね。おかげで成果がはっきりと刻々と見えるじゃないですか。それが刺激的なんです」

なるほど、それが気持ちが充実につながるのだろう。ただし、マニラのプロジェクト(妊娠や出産、性感染症や性暴力ケアなど)のようになかなか結果の出ないものにも、いまやMSFは力を傾けており、組織全体としてのチャレンジが始まってもいるのだけれど。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中