最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

地上に名前の残らない人間たちの尊厳

2017年9月5日(火)15時45分
いとうせいこう

「それから」

とファビアンは付け足す。

「素早く動けるのは資金があるからですよね。寄付をしてくれる方々があって、我々が各地域に入る。この流れに支障がありません」

シンプルに、彼は組織の利点を語った。

俺はそのさらにその奥へ質問をさし向けた。

「ファビアン、なぜ人道援助だったんですか? ボランティアをしたかった理由というか......」

ファビアンはそこで初めて少し考えた。困っているというのではなく、肝心な話だから正確な言葉を選んでいるという感じだった。

「たとえば、水はお金持ちのためだけにあるんじゃなく、皆で分けあうべきものですよね。なければ死んでしまうんだから」

まず彼はそう言った。素朴な、しかし真実だった。

すでにファビアンが学生時代にその水と衛生というテーマを学んだのを俺たちは知っているから、彼がその頃考えたことが今にまっすぐつながっているのがよくわかった。


「水は金儲けのためにあるんじゃなく、人の生活の質を上げるためにこそある。僕はそう思うんです」

それこそがまっとうな考えというものだった。もはや日本では、これが「ナイーブ」だと言われてしまう。「絵空事だ」と言われてしまう。なぜなら本当の苦難を想像出来ないからだ。水がなくて亡くなる人のことを考えることが出来ない、ただそれだけの理由で水は金儲けの手段だとストレートに考えてしまう。残念ながら、そいつは世界からすれば非常識に過ぎない。苦難はいつ自分に回ってくるかわからないのだから。

「とはいえ、たいした知識も経験もまだないんです。でもある分だけ役に立てるなら、収入よりも自分にはそれが大切だと思っています」

またにっこり笑って、ファビアンは少し恥ずかしそうにこちらを見た。彼の若さが彼にとっての正しさを求め、それは十全に与えられていると俺は思った。

谷口さんが彼に聞いた。

「パリの周囲の方は、あなたの活動をどう受け止めていらっしゃいますか?」

ファビアンは笑いながら言った。

「友だちも家族も、みんな喜んでます。すごくいいことしてるって。ただしアフリカの奥に入るって知って、ママは心配してますけど」

まあそれはそうだろう。すぐ近くで戦闘行為が起こり、膨大な数の難民が日々流入し、気を抜けば感染症が拡大し、想定外の事態で水供給が断たれればファビアン自身危険にさらされるのだから。

けれど、彼には頼りがいのある仲間がいた。世界中から来た百戦錬磨の先輩たちだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中