地上に名前の残らない人間たちの尊厳
こちらもウガンダの色鮮やかなMSF施設。そしてロバートの背中(スマホ撮影)
<「国境なき医師団」(MSF)を取材する いとうせいこうさんは、ハイチ、ギリシャ、マニラで現場の声を聞き、今度はウガンダを訪れた>
これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く 」
前回の記事:「南スーダンの「WAR」──歩いて国境を越えた女性は小さな声で語った 」
4/23
昼食を草原の間にある小さな、しかしよく栄えているレストランでとった。レンガの色が日に映える建物で、居住区の中にあるのが不思議だった。もともとウガンダにあったものかもしれない。
俺はそこで鳥肉と米を炒めたものと、パッションフルーツジュースを頼んだ。前者は少し水分の多いチャーハンのようなものだった。おいしいが量がすさまじかった。『国境なき医師団(MSF)』の広報・谷口さんとその日のドライバー、ロバート・カンシーミが何を食べたかは覚えていない。
再び車に乗って移動すると、途中でMSF専用の広い駐車場に寄った。そのあたりユンベ地方だけでドライバーが28人(!)いるのだそうだった。確かに鉄扉の内側のスペースにたくさんの車が止まっていた。すべての車輌にMSFのマークが貼りつけられていた。大規模なミッションであることがよくわかった。
「薬局」に立ち寄り、前夜宿泊の手はずをつけてくれた女性に御礼を言ってから、海外派遣スタッフのための宿舎に戻った。みな自分の部屋で休んでいるらしく、最も手前にある屋根の下は無人だった。
谷口さんと俺はソファに座り、ともかく誰かが出て来てくれるのを待った。のんびりとした風が吹き、敷地の中のマンゴーの樹を揺らした。日が高く上がっているが、樹木の下には濃い影があった。
1時間も経ったろうか。そのうち一人、二人とスタッフが出て来た。まず物資供給を担当するロジスティシャンのアナ・ハスヴェクが、大きな段ボール箱を抱えて歩いてきた。ごそごそと中を出すと、飲料水を入れておくフィルター付きのプラスチックボトルのようなものだった。箱の外側を見ながら、彼女は一人で淡々とその装置のセッティングを続けた。しかし、どうもうまくいかない。
俺たちもそばに行って、彼女の手伝いをした。しかし今ひとつよくわからない。すると、後ろからほとんど黙ったまま、顎ヒゲを生やしたフランス人男性、ファビアン・リューが現れ、箱の外側をよく見てからこちらに挨拶をし、パーツを組み立て始めた。
彼らには常に何かやることがあるのだった。誰かにそれがあれば、誰かが手伝う。ほとんど自助的に見えるその行為は、回り回って結局他人のためだった。小さな仕事の連続が、そうやって積み上がってプロジェクトになり、人間同士が信頼でつながっていくのを、俺はその飲料水ボトルの静かな組み立てで実感したように思った。