最新記事

映画

極上ホラー『ウィッチ』は「アメリカの原罪」を問う

2017年7月28日(金)10時00分
デービッド・アーリック

magc170728-witch02.jpg

ウィリアムの一家を次々と不幸が襲う ©2015 WITCH MOVIE,LLC.ALL RIGHT RESERVED.

エガースは『2001年宇宙の旅』で知られるスタンリー・キューブリック監督の苛烈なまでの厳格さと、17世紀末の「セーレム魔女裁判」を題材にしたアーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』(1953年)の熱狂的妄想を組み合わせてみせた。セーレム以前の宗教的ヒステリーを冷徹な様式美をもって演出しており、あらゆるシーンが観客の心を捉えて離さない。

ただし、物語の奇抜なテーマに大真面目で取り組むスタイルは、ばかげた自己満足と受け取られかねない。それを避けられたのは、同じ姿勢を俳優陣も共有していたからだ。

アイネソンとディッキーの大胆不敵な演技は、観客の恐怖に火を付ける。「あのヤギと不浄な関係を結んだのか?」といったセリフは、文字にすると間が抜けて見えるが、映画の中では辛辣な笑いと恐れを生み出す。

とはいえ、この作品を支配しているのはやはりテイラージョイだ。少女トマシンの成熟しかけた体は、家の外の森に匹敵する「大いなる邪悪の源泉」として描かれる。

少女はブラウスの胸元に弟が投げ掛ける生々しい視線を無視するが、それでも森の中に魔女がいるように自分の体内に悪魔が潜んでいる感覚を覚える。トマシンの体の発達は控えめに描かれるが、少女の性は一貫して原罪の象徴的表現だ。

トマシンは男の視線によってゆがめられた自分に気付き、そこからの脱出を図る。女性は自身の体への恐れを抱くことで、自分の力に目覚める――『ウィッチ』はそう示唆しているのかもしれない。

【参考記事】理想も希望も未来もなくひたすら怖いSFホラー『ライフ』

魔術を題材にした恐怖と迫害の寓話は、昔から大量に作られてきた。だが、エガースのデビュー作は紛れもなく21世紀の産物だ。この映画はあらゆるタイプの原理主義に冷笑を浴びせるだけではない。かつては無力な犠牲者扱いだった女性という存在に自己決定権と権威を与え、自分の力を当たり前と思っていた男たちの立場を覆す。

映画の終盤に向かう場面で、ある者がトマシンに尋ねる。「愉快に生きたいと思わないか?」。自分のための楽しみを一切許されなかった少女には、とりわけ魅力的な誘惑だ。

『ウィッチ』は邪悪な闇をどこまでも深く掘り下げ続け、ついに向こう側の世界に突き抜ける。目もくらむような最後の15分間の舞台は、ほとんどのホラー映画が存在すら知らなかった歓喜の地だ。

ここまで徹底して心の闇を見つめたホラー映画は数えるほどしかない。そこに大いなる喜びを発見した作品はさらに貴重だ。

ニューズウィーク日本版2017年7月25日発売号掲載>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

© 2017, Slate

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中