インドネシア最強の捜査機関KPK 汚職捜査官が襲撃される
今回のノフェル氏に対する衝撃テロ事件に関してもインドネシア各地で「KPKを支持する」「ノフェル氏を守れ」との市民のデモが起きていることもそうした国民の支持と期待を裏付けているといえる。
「電子住民登録証」巡る巨額汚職疑惑
現在インドネシア国民の関心事の一つにKPKが手掛けている「電子住民登録証(e-KTP)汚職事件」がある。
これはインドネシア国民全員が登録を義務付けられている住民登録証の電子化を目指した政府事業で2011年から13年にかけて国家予算5兆9000億ルピアが計上されたものの、うち2兆3000億ルピアが損失となった事案で、インドネシア汚職史上最大級の事件といわれている。事業を受注した企業体の幹部が国会議員や内務省幹部に賄賂を贈り、多額の予算が関係の懐に入ったとの疑惑でKPKが本格的捜査に乗り出していた。これまでに内務省幹部やスティヤノ・ノファント国会議長(ゴルカル党党首)などが捜査対象となり、起訴されている。
襲撃されたノフェル氏はまさにこのe-KTP事件の担当捜査官だったのだ。ノフェル氏はこれまでにもバイク通勤中に車で後ろから追突されたり、地方視察中のバスが崖から転落したり、脅迫文書や電話、メールを受け取るなど「身の危険」に迫られていたいという。
政党からの中立を保つ
3月17日、東京でKPKの元副委員長バンバン・ウィジャヤント氏による「インドネシアにおける汚職対策の現状と今後」と題する講演会があった。KPKに在職中は自身も脅迫や嫌がらせなど「危険な目にあったことはある」とするバンバン氏はKPKがインドネシア社会で果たす重要な役割について「汚職を完全に排除することはできないが、少なくすることはできる。そしてそれこそが一般の人々のためであり、インドネシアという国のためであると信じている」と語った。
さらに、KPKが完全に中立を保つために政党との関係は一切持たないことを信条としており、それゆえに国民の圧倒的な支持を背景に捜査することが可能になる、とKPKが中立性を保つことの重要性を強調した。
KPKにはノフェル氏のような警察出身の捜査官も存在する。当初は警察から送り込まれた「お目付け役」との見方もあったが、今回の襲撃テロ事件はそうした観測を一掃、出身母体に関わらず全ての捜査官が「汚職撲滅」という極めて困難な目標に「警察や国会議員、政府高官、政党関係者」などなどの妨害、嫌がらせ、威圧をはねつけながら果敢に挑戦している姿をインドネシア国民の目に改めて焼き付ける結果となった。
襲撃事件を捜査しているジャカルタ特別州警察は4月11日、事件の約2週間前にノフェル氏の自宅付近で不審な人物が目撃されており、その人物の写真も記録されていることを明らかにした。一刻も早く犯人の検挙と事件の解決、そして巨額汚職事件の全容解明をインドネシア国民は望んでいる。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など