「Kickstarter出版」 の評価と可能性:1億ドルの実績
Kickstarter の本質は「ソーシャル出版」によるリスク低減であり、出版ビジネスにとっては歴史的になじみの深い「予約出版」にあるとすれば、その成功は出版ビジネスにも影響を与えずにはおかない。しかしコトはそう簡単ではない。20世紀の出版は、むしろ独自の金融機能を強める方向で発展してきたからだ。
予約出版とソーシャル
かの「百科全書」が予約出版で発行されたことはよく知られている。日本でも明治期から活発になったが、それは「版」の製造に関わるリスクをヘッジするためのものだった(著者の生活費などは、もとより考慮されていない)。予約出版は出版社に余裕がないことを暴露するようなもので、じっさい出版の約束を守らないケースも多かったのでイメージを落とした。日本では資金調達よりも大型企画のマーケティング手段として例外的に使われている。出版の社会性を訴求してビジネスのリスクをヘッジするということは、そう簡単ではない。「社会」の密度と成熟度が問われるからである。
出版社は歴史的に「版」の制作をめぐる事業で、当初は印刷業と結びついていた。出版、印刷、書店の3つを兼営する形態も20世紀前半までは珍しくなかった。コストは印刷が重く、流通がそれに次ぎ、執筆や編集にどの程度のお金を懸けられるかは、成功の見込みにかかっている。実績がない場合はギャンブルということだ。実際、新刊書が採算点を超えられる確率は驚くほど低い。出版社はリスク回避のために知名度の低い著者を敬遠する。同じ「版」からいくら稼ぎだすことができるかが「版(権)ビジネス」のコアだが、それは版をめぐる金融で機能する。
デジタルによって「版」をめぐるコスト構造と関係が一変したはずだが、紙を優先する在来出版社には意識されていない。むしろリスクにはより厳しく、つまり企画には保守的になって、著者たちとの乖離は大きくなった。制作費が軽くなっても、成功に要する販促費用はより重くなっているからだ。
金融は出版において死活的に重要
Kickstarter は、主に著者が出版主体としてのリスクを回避する有力な手段として(つまり自主出版とともに)成長している。著者にとっての出版社の存在理由である金融機能が低下したことでKickstarter が代替手段になっている。アトウッド氏は、これが出版社の代替にされることを警戒しているが、著者の多くは紙の本を出すための投資はしたいはずだ。デザイン・印刷・製本や販促にもお金を懸けたいのは自然で、Kickstarter を利用するのはそのためと言ってもよい。これらは出版社の外でも調達可能である。Kickstarter で資金が調達できさえすれば、出版社は不要ということになる。これは出版社の社会的地位を損うものだろう。
このことが意味するのは、このままでは在来出版社のビジネスが縮小するということで、それを回避するためには、2つの可能性:
1. 在来出版社が破綻しつつあるプロセスを修正し、デジタル・ファーストを積極的に取り入れる(例えば中堅以下はデジタルを中心とし、前渡金、版権料率を改善する)。
2. 出版社がKickstarterモデル(プレミア付予約出版)を導入し、著者との関係を「素材仕入れ」モデルから「共同事業」モデルに転換するか、それを選択肢に加える。
のいずれかへ移行するだろう。自主出版支援サービスだが、原稿を審査して、成功の可能性を評価したコンテンツに対しては、編集・制作のコストを負担し、共同で出版主体になるというモデルはすでに登場している。著者がリスクとコストを負担する自主出版と、前渡金を含めてすべて出版社が負担する在来出版との間に徐々に新しい選択肢が生まれることになるだろう。