最新記事

行動遺伝学

「遺伝」という言葉の誤解を解こう:行動遺伝学者 安藤寿康教授に聞く.1

2017年2月21日(火)15時10分
山路達也

大学の無償化に意味はあるか?

――最近、親の収入格差や文化的な違いが子どもの教育機会の不平等をもたらしているという議論が盛んになってきています。「大学の無償化」を主張する人がいる一方で、大学に行くことに価値を見出さない「意欲格差」の問題を指摘する人もいますが、行動遺伝学の立場から教育格差の問題をどう見ますか?

安藤:この問題については、さまざまなパターンがひとくくりにされてこんがらがっているように思います。大学進学をしないのが意欲の格差だというのは、分析として粗い印象を受けますね。

お金がないから意欲も学力もあるけど大学進学を諦めているケース、お金はあっても勉強が嫌いだから大学進学なんかしないケース、お金も大学に行きたい気持ちもあるけど、東大京大か早慶にしか行く価値がないと親から吹き込まれていて、それほどの学力はないから別の道を選ぼうというケース、大学に行くことで得られる将来の収入や安定といったメリットを疑問視しているケースなど、いろいろあるでしょう。たんにやる気がないのではなく、自分の適性を考えて積極的に大学進学以外の選択肢を選んでいる場合もあるわけです。

僕自身、大学人ですから、すべての人に大学レベルの知識に触れる機会を持ってほしいとは思いますよ。だって、いちおう人類知の今の到達点を万人に開いているのが大学のはずだし、やっぱりそれなりにすごいことをやっているのですから。

だけど、そもそも大学なんて、仕事して自分で食べていける年齢になっているにもかかわらず、そんなことより何かを深く知りたくてしょうがないという、かなり変な人のために作られていたわけです。歴史を勉強しているうちに、古墳にのめり込んで、もっともっと古墳のことを知りたくなったとか、細胞の核のなかでうごめいている分子の働きが知りたくなるとか。すべての人が18歳になった段階で、そういう偏った知的好奇心を持つようになるというのは非現実的でしょう。

10人に1人、100人に1人の変な人のために大学はあったわけですが、いつの間にか大衆化し、大企業に入るためのパスポートという位置づけに変化していきました。同じ人が文学部でも経済学部でも総合政策学部でもどこでも受ける。慶應ならどこでもいいからって。いや慶應でも早稲田でもどっちでもいい、MARCHならどこでもいい。大学と名がつくところならどこでもいい......。大学は「テストに合格できる程度の汎用的な能力がある」あるいは「この社会の秩序に逆らう生き方はしない」というシグナリングにすぎなくなり、そこで何を学んだのかは問われていません。

だから、大学に入ってもつまらなくなって勉強しなくなる。そうなって久しいので、こんな「そもそも論」を言っても、もはや時代遅れといわれそうですが、こんなの本人のためにもならなければ、大学のためにもならない。大学に「一般社会人能力を育成しろ」? そんなの無理に決まってるじゃないですか。むしろ「大学を頂点とする今の学校制度の中で自分の人生を設計する」という発想自体が狭すぎるのではないでしょうか。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中