「遺伝」という言葉の誤解を解こう:行動遺伝学者 安藤寿康教授に聞く.1
子どもは、どの程度親に似るのか?
――ただ、子どもがどういう遺伝子セットを持って生まれるかということに関して、親の遺伝子セットの影響もあるわけですよね?
安藤:はい、先ほど述べた遺伝率は、同世代の子どもにおいてどの程度遺伝子セットのバリエーションが現れてくるかを示しています。
一方、親の世代から子どもの世代へどうやって遺伝子セットが伝達されるかという話もあります。IQの場合、子どものIQは両親の中間値より平均寄りの値を取る確率が高くなります。例えば、両親ともにIQが120同士だった場合、その子どものIQは120ではなく、もうちょっと低くなる確率が高くなるわけです。同様に、両親のIQが80だったなら子どものIQはそれよりもよくなる確率が高くなり、こうした現象を「平均への回帰」と言います。
遺伝率の高い形質ほど子ども世代の分散は小さくなる、つまり親に似る可能性は高くなるとは言えます。ただ、これはあくまで確率の話ですし、そこに環境の影響も加わってきますから、子どもが実際にどんな形質になるのか事前に予測できるわけではありません。親に才能があるからといって子どもに才能があるとは限りませんし、親に才能がないからといって子どもに才能がないとは限らないんです。
――一口に人間の形質といっても、いろいろありますよね。知能や運動能力もあれば、性格もありますし、顔の美醜だってそうでしょう。どれも同じように親から子どもに伝達されるものなのでしょうか?
安藤:遺伝は大まかに、相加的遺伝と非相加的遺伝に分けられます。
相加的遺伝というのは、1つ1つの遺伝子の影響は小さいけれど、それらが累積すると効果が大きくなる、そういう遺伝パターンのことです。一方の非相加的遺伝は、相加的遺伝では説明のできない遺伝パターンを指します。
どんな形質にも相加的遺伝と非相加的遺伝両方の影響がありうるのですが、僕は特に「量」で測られる形質は相加的遺伝の影響を受けていると考えています。身長や体重もそうですし、知識量や体力などの能力も「量」として存在します。
これに対して、非相加的遺伝の影響が強い形質は、「質」的な違いとして現れるものだと思うんですね。「AさんはBさんに比べて語彙が2倍」ということなら量的に測定できるでしょうが、「Aさんの明るさはBさんの2倍」とは、まあ言えないことはないけど、ちょっと違和感を感じますよね。これはもう「質」的な違いです。白砂糖と黒砂糖とどっちが甘い? って、比較できないわけではないけど、舌に乗せたときの触感や風味が違う世界じゃないですか。それが「質」的な違いというもので、人間の性格なんかはそっちの方に入る形質だと思います。そういう形質には、相加的遺伝だけじゃなく非相加的遺伝の影響も表れやすいんです。
顔の美醜もそういうものだと考えられます。両親は2人とも平凡な顔立ちをしているけど、子どもがとてもきれい、あるいはその逆ということはあるじゃないですか。鼻の高さだとか眼の形だとか個々の要素は両親によく似ているんだけど、組み合わせによってその子ども独特の形質が現れてくるわけです。
行動遺伝学では、一卵性双生児と二卵性双生児を比較して遺伝率を調べます。相加的遺伝に関していえば、おおむね二卵性双生児は一卵性双生児の「半分程度似る」わけですが、非相加的遺伝が強い形質ならば「半分ほども似ない」ことになります。
親から子への伝達に関しても、相加的遺伝の強い形質であれば「子どもの形質は、両親の中間値からさらに平均の方向に寄る」可能性が高いわけですが、非相加的な要素が強いほどパターンはもっと複雑になり、子どもの形質が両親とはほとんど無関係になる可能性が高くなります。