「遺伝」という言葉の誤解を解こう:行動遺伝学者 安藤寿康教授に聞く.1
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知能を含む人間の能力は、遺伝の大きな影響を受ける......。行動遺伝学のショッキングな研究結果は大きな反響を呼びました。そこで、第一人者である安藤寿康教授に、遺伝にまつわる疑問に答えていただきました。
•安藤寿康著『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)
誤解されやすい「遺伝」という言葉
――1月に掲載された「「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?」という記事には大きな反響がありました。ただ、Twitterやはてなブックマークなどを見ると、親の能力がそのまま子どもに受け継がれると思っている人も多いようです。
安藤:「子どもたち、すまん」と謝っている方もいらっしゃいますね。そういう話じゃないと言っているんですけど(笑)。
――「遺伝」という言葉には「遺し伝える」、親から子どもに伝わるというイメージが強くありますからね。
安藤:遺伝子は英語で"gene"と言いますが、これは"generate"(生み出す)や"generation"(世代)と同じ語源で、新しく生成されていくことに重きを置いた言葉なんです。
ちなみに、中国語で「遺伝」に当たる言葉は、遺伝子の"gene"を音訳した「基因」だそうですよ。ただ、中国人の研究者に尋ねたところ、中国語の「基因」も親から受け継ぐものと受け止められることが多いそうですが。
中学校や高校の生物で「メンデルの法則」を習ったと思いますが、単純な形質(遺伝的な性質)でも親と同じにはなりません。たくさんの遺伝子が関わる形質に関して、子どもの表現型(外見に現れた性質)はもっとばらけますから親と同じようになるわけではない、というより、ならないことの方が多いと受け止めた方がいいでしょう。
――コメントで多かったのが、遺伝の影響という概念がわかりにくいということでした。例えば、肥満に関して遺伝率は88%、知能に関しては50%強ということですが、この数字はどう考えたらよいのでしょう?
安藤:遺伝率は、定義としては「表現型の全分散(ばらつき)に占める遺伝分散(遺伝で説明できるばらつき)の割合」ということなんですが、直感的には、「ある集団の中で相対的に、ある性質が後天的にどのくらい変わりやすい」かを表していると考えてください。つまり、遺伝率が50%の形質より、遺伝率80%の形質の方が、ある特定の社会の中で、環境によって相対的順位を変えにくいということを表しています。
例えば、肥満傾向の強い遺伝子セットを持って生まれた人が痩せようと思ったら、そうでない人に比べて相当頑張らないといけないということです。
誤解されがちなんですが、持って生まれた性質は絶対に変わらないということではありません。あくまでも今のある社会における相対的な位置が、その社会で取りうる環境資源のバリエーションのもとで、どの程度変わりやすいかということ。
仮に身長の遺伝率が100%だとしても、社会全体が飢餓状態から飽食の時代に変わるなど、集団が全体として変われば、身長は伸びます。だけど今のその集団の中にある栄養の取り方のちがいやダイエット法の選び方くらいでは身長の順位は変わらない。一卵性双生児はそれぞれ同じ順位のまま、身長が高くなるという意味なんです。