最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

未来が見えないんですーーギリシャの難民キャンプにて

2016年12月13日(火)16時20分
いとうせいこう

ついに仮設住宅へ

 いったんコンテナのエリアから坂を下り、フェンスの中を歩いた。右側にRHU(レフュジー・ハウジング・ユニット)、つまりは仮設住宅が並んでいた。もともと全体はゴーカート場だったそうで、左側には名残として子供用サッカー場やすべり台があった。難民の子供たちにはうれしい施設だろう。

 オックスファムという団体の青年男女が各仮設住宅に飲み物を配っているのも見えた。アダムによると、気温が高いため、難民の方々を配給の列に並ばせるわけにいかないからだそうだった。気配りは左奥にある屋台にも見て取れた。そこはごく普通のカフェになっていて、集った子供が冷たいコーヒーをストローから飲んでいるのがわかった。

 どんつきを左に折れると、医療サービスのエリアがあり、MSFのマークの付いたキャンピングカー型の車両が幾つか止まっていた。スタッフたちが立って輪になり、ミーティングをしているらしいタイミングだった。

1213ito2.jpg

医療チームのキャンピングカー

 彼らに話しかけて聞いてみると、チームは全部で6人の医療・非医療スタッフと3人の文化的仲介者(カルチュラル・メディエーター)で構成されているそうだった。中にいた医者は中東系の若い女性であり、心理療法士の女性は唇にピアスをしていた。とても自由な気がした。

 まず医療用の車の中を見せてもらった。救急車の2倍以上の広さはあったろうか。前の活動責任者がアレンジしたもので、ベッドがふたつ入ることもあるそうだった。元来は沿岸に出動して、着いた難民をすぐに診療出来るようになっていた。あちらに点滴、こちらに包帯、様々な薬もコンパクトに収納されていた。

 車の外に出ると、例のピアスの女性が待っていてくれた。今度は心理ケア用の車の中を取材させてくれるとのことだった。ありがたくついていって車の中に乗り込んだ。小さなベンチシートみたいなものがあって、目の前にテーブルがしつらえられていた。いわゆるキャビン仕様で、彼らはそこで難民たちの心の苦しみに耳を傾けるのだった。

1213ito3.jpg

心理ケアのタフで明るいスタッフ

 カラ・テペがまだ一時滞在の場所だった頃は、救助した人々にグループ・セッションを行っていた。しかし、彼らがヨーロッパを北上出来なくなり、そこが現在のような難民キャンプになってからは個別の心理ケアが中心になっているらしかった。子供がストレスで不眠になったり、家族の中でのいさかいが絶えなくなっていたり、自分たちがどこに安らぎの場所を求めればいいかわからなくなっている状況のままに、全体の不安は募っていた。

 「今は何人くらいが来るんですか?」

 「1日、5、6人になりました。忙しかった時は100人という日もあったんだけど」


 「1日100人!」

 「そう」

 聞けば、彼女はギリシャで心理療法士として働き、学校にカウンセリングに出たりなどしていたそうだった。それがいまやMSFに参加し、自国の中に出来た難民キャンプで働いていた。やっていることは同じであるように見えて、それはずいぶんハードな変化に違いなかった。

 けれど、彼女は車内に貼られた子供の絵、彼女を描いてくれた絵を見て言った。

 「ここで働くのは素晴らしいことよ。もうすぐアテネに戻らなきゃならないんだけど、すぐまた来たい」

 生き甲斐、という言葉をしばらく忘れていたなと俺は思った。

1213ito4.jpg

この絵に彼らはどれだけ励まされていることだろう

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中