シンプルでちょっと弱気な新生ガガ様
そのままヒットメーカー路線を突き進むと思いきや13年には実験的な『アートポップ』を発表し、続く『チーク・トゥ・チーク』ではジャズの大御所トニー・ベネットとスタンダードナンバーをデュエット。そして『ジョアン』では、仮面を脱ぎ捨て等身大の自分を見せた。
本物の歌手としての力量を証明するために、トニー・ベネットとの共演は欠かせない小休止であり、リセットだったのだろう。ニューヨーク大学芸術学部に早期入学し、ブロードウェイを愛した10代の頃の初心を再確認する機会でもあった。
つまり、『チーク』があったからこそ『ジョアン』は生まれた。レディー・ガガとなる何年も前に、貧しいアーティストの卵だった彼女はニューヨークでピアノの弾き語りをしていた。『ジョアン』は当時の彼女の第2章だ。
アルバム冒頭の「ダイヤモンド・ハート」で、ガガは当時を振り返る。生活のためにストリップクラブで働いた日々に触れ、さらに「クソ野郎」にも言及して「純潔を奪われた」レイプ体験で聴く人の共感を引き付ける。
社会派2曲はいまひとつ
ステファニー・ジャーマノッタの袋小路から脱出するには「レディー・ガガ」のキャラが必要だった。そのガガの行き詰まりを打開するには、今回の『ジョアン』が必要だった。
【参考記事】熱烈歓迎!音楽ツーリスト様
そもそもガガのキャラは、デビッド・ボウイやマドンナの二番煎じだ。デビュー当時はともかく、ソーシャルメディア全盛で何でもありの今では、いささか色あせて見えるかもしれない。「等身大の自分」というのも、新鮮味には乏しい。カントリーやフォーク風の素朴なサウンドに乗せて真実を歌うのは、よくある常套手段だ。
『ジョアン』は目ざとく流行を捉えてもいる。今年はメランコリックなヒット曲が目立つ年で、リアーナやドレイクらベテラン勢はそろってポップな路線を離れた。ビヨンセの『レモネード』をはじめ、社会への不安を率直に表現する作品も増えた。
ガガも時流に乗り、フェミニズムや人種問題に切り込もうとした。ただし最もメッセージ性の強い2曲は出来がよくない。癌を患う女友達にささげた「グリージョ・ガールズ」は、やかましいだけでつまらない。さらにいただけないのが、白人警官による黒人射殺事件に抗議した「エンジェル・ダウン」。タイトル(天使が死んだ、の意)からハープの音色まで、すべてがセンチメンタル過ぎる。
それでもデラックス盤に収録の「エンジェル・ダウン(ワーク・テープ)」は不思議と悪くない。サウンドはシンプルで、ガガのボーカルも伸びやかで気持ちが籠もっている。
『ジョアン』は多彩な魅力を持っているが、それが1つの明確な個性に結実するには至らなかった。弱気になったガガが「こんな私でいいの?」と反応をうかがう気配は感じられる。つまり彼女も、そういう年だということ。レディー・ガガことジャーマノッタも、まだまだ進化していく。きっと。
[2016年11月15日号掲載]