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紅白、のど自慢...NHK娯楽番組の基礎を創った「大奇人」

2016年11月25日(金)12時14分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

Newsweek Japan

<出場歌手が発表されるだけでニュースとなる紅白歌合戦だが、かつては今よりも強い影響力と国民を統合する機能を持っていた。それは「のど自慢」も同じ。敗戦後まもない同番組の立ち上げを主導した1人は、日本を代表する政治学者の兄だった> (写真:『娯楽番組を創った男――丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』著者の尾原宏之)

 24日、「第67回NHK紅白歌合戦」の出場歌手が発表された。初出場者や大物歌手の引退がニュースになり、世間を騒がせている。毎年恒例の「国民的行事」だけに注目度は高い。

 だが、本当に紅白は「国民的行事」なのだろうか。社会学者の太田省一は、「一九九〇年代以降『紅白』の漂流が始まった」と指摘。「『日本の心』を表象する安定した空間ではなくなった」と述べる(アステイオン81所収「世界とつながる紅白歌合戦」)。スマートフォンが普及した現代、娯楽はますます細分化されている。

 それでも紅白が、かつてはより強い影響力と、国民を統合する機能を持っていたのは確かだ。視聴率ひとつ取っても、太田によれば、1960年代~70年代には「常時七〇~八〇%という驚異的視聴率」があったという。

 同様の役割を果たしていた長寿番組に「NHKのど自慢」がある。両番組とも敗戦後まもない時期に誕生。なかでも「『のど自慢』は、上手い下手に関係なく素人の歌声が公共の電波に乗って放送されたという点で、画期的であった」(太田)。

 そんな「のど自慢」の立ち上げを主導した番組制作者の1人が、日本を代表する政治学者・丸山眞男の兄であることはあまり知られていない。1910年に、明治から昭和にかけて活躍したジャーナリスト、丸山幹治の長男として生まれた鐵雄である(眞男は次男)。京都帝国大学を卒業後、日本放送協会に入った丸山鐵雄は、「のど自慢」やラジオ番組「日曜娯楽版」をはじめ、現代の娯楽番組の基礎を創り、NHKきっての「大奇人」とも評された人物だ。

 このたび、元NHKディレクターであり、現在は日本政治思想史を研究する尾原宏之が、丸山鐵雄に関する著書『娯楽番組を創った男――丸山鐵雄と〈サラリーマン表現者〉の誕生』(白水社)を上梓した。丸山鐵雄やNHKの娯楽番組について尾原に聞いた。

――NHKの「大奇人」と呼ばれた丸山鐵雄について執筆した理由は?

 入局して2年経った頃、NHKが制作する娯楽番組の垢ぬけなさ、素人っぽさに不満を漏らしたときに、「紅白歌合戦、のど自慢を開発した人のおかげで君は生活できている」と先輩に怒られた。丸山眞男の兄である丸山鐵雄が自分と同じ芸能番組セクションで、「のど自慢」など戦後日本の娯楽番組の基礎を作ったことを聞き、興味を持った。

 本書の構想は10年ほど前からあったが、実際に資料を集めるなど動き出したのはこの2年で、担当編集者の励ましとサントリー文化財団からの研究助成のおかげで一冊にまとめることができた。

――本書でも触れられているNHKの番組の「素人っぽさ」とは何だろうか。

 本書に詳しく書いたが、丸山鐵雄は「リベラル」だけで語れる簡単な人間ではないものの、戦前戦中の表現規制や情報統制を苦々しく思っていた。そのことが「プロ」ではなく「素人」を出演させ、大衆の本当の声を全面に出す番組を作った背景にある。

 丸山鐵雄自身も管理職として「紅白歌合戦」に関わっていたが、主導的な役割を果たした素人による「のど自慢」の方に強い思い入れがあったようだ。「紅白歌合戦」を本当はどう思っていたのか、今こそ聞いてみたいと思う。

 というのも、実は私自身、出演者の「素人っぽさ」にこそ強みがあり、「紅白歌合戦」よりも「のど自慢」の方が娯楽番組としては生き延びると考えているからだ。

【参考記事】大みそかの長寿番組が映し出す日本の両極

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