【対談(後編):冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
Carlos Barria-REUTERS
<大統領選本選は政策論争そっちのけで相手を非難する中傷合戦に。「トランプ現象」はアメリカ政治を根本から変えてしまったのか?>(オバマ政治からの転換を求める有権者の声が高まるなか、ヒラリーは予備選でも本選でも苦戦を強いられた)
(前編はこちら)
盛り上がらない政策論争
――トランプが本選のテレビ討論で、製造業の復活、自由貿易の見直しといった経済ビジョンを示したのに対し、ヒラリーは具体的な対案を示さなかった。これはなぜか?
【冷泉】トランプが言うような、アメリカ経済を「保護貿易」にして「国内の製造業を復権」するなどという政策は、完全なファンタジー。例えば、アメリカはAIによる家電などの自動化では最先端を走っているが、その電子部品を全部アメリカ製で調達しろということになったら、その優位性は失われる。もっとハッキリ言って、トランプ支持者の中で「自分は工場で働きたい」と考えている人などいない。だから、反論するのもバカバカしい。残念ながら、ヒラリーとしては論争を回避せざるを得ない。
【渡辺】その通りで、結論から言えば、選挙戦が感情論になっているので、勝とうと考えたら政策論争を回避せざるを得ない。ヒラリーは予備選当初から、経済では例えばIT政策などに関して詳細な政策を持ち、予算をどこから持ってくるかも考えていた。しかし予備選の結果、サンダース支持者をなだめるために、「TPP反対」「最低賃金15ドル」といったスローガンを引き継ぐことになってしまった。
TPPに反対するサンダース支持者に話を聞いても、「大企業に有利で、労働者を抑圧する」という程度の理解しかしていない。どれだけ政策を訴えかけても、国民の大部分はそれを知る気もない。大統領選がそういうシステムになってしまっているのは悲劇的なことだ。
<参考記事>【対談:冷泉彰彦×渡辺由佳里】トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来(前編)
センセーショナリズムに走ったメディア
――結局は2人共、反TPPへと傾いてしまった。
【渡辺】そこはトランプとサンダースを煽ったメディアの責任が大きい。視聴率を狙った報道しかしなかった。「TPP反対」「ウォール街解体」というスローガンが何を意味するのか、アメリカ経済にどのような影響を及ぼすのか、それを分析するのがメディアの役割だったはずだ。ツイッターの140字で伝えられる程度のスローガンだけが広まったのが、この選挙だ。
【冷泉】その通りで、やはりメディアの影響は大きい。今回の選挙戦では、特にCNNが露骨だった。感情論、センセーショナリズム中心で、トランプ人気を煽った。政策論争がきちんとされるためには、前提となる知識、前提となる情報が必要だが、それをしっかり解説する責任をメディアは放棄していた。
トランプ現象はアメリカをどう変えるのか
――今回の選挙を象徴した「トランプ現象」は、これからのアメリカの大統領選を変えてしまうのか? また二大政党制は今後機能していくのか?
【冷泉】今年の大統領選でセンセーショナリズムの効果はあらためて証明された。しかし、今後もトランプのような扇動家が次々に登場してアメリカの政治が劣化していくのか、と言う点では、そこまで悲観的には見ていない。「振り子の揺れ戻し」というか、アメリカ社会には回復力があると思う。
二大政党制についても、基本的には「小さな政府か大きな政府か」という議論の対立軸は残るだろう。今回は双方がポピュリズムに流されて、論点がズレてしまった。政治には理念と実務の両方があり、現状の二大政党制にはそれなりの根拠がある。中期的にはトランプ現象は一過性で、有力な次世代が出てくれば共和党もまた復活するだろう。
ただ、若い世代の感覚を活かせるのは、やはり民主党ではないだろうか。輝かしい理念を持ち、筋金入りの中道実務家として働けるような人物は、出てくるとしたら民主党から出てくると思う。