最新記事

2016米大統領選

最後のテレビ討論の勝敗は? そしてその先のアメリカは?

2016年10月20日(木)15時00分
冷泉彰彦(在米ジャーナリスト)

 その一方で、一部の保守派などから、内容ではなくディベートの勢いだけを評価する観点で「トランプが優勢だった」と言われているのが、軍事外交に関する討論だ。この部分、ワレスの司会が効果的だったこともあり、確かに中身があったし、表面的にはトランプが押しているように見えた。では、実際はどうだったか?

 まず「現在進行形」である米軍が支援し、イラク政府軍が主体となっているモスル奪還作戦についての論戦が交わされた。ISISが占領しているモスルを奪還できるかは、中東地域におけるISISの勢力を駆逐する重要な戦いであると共に、下手をすると60万人という人口が流出して人道危機が発生する懸念もある。

 これに関して、ヒラリーは「米軍の地上軍派遣」をキッパリと否定。米軍はあくまで援護的な活動に限定するとして、「イラク政府軍とクルド勢力の連携でISISを敗走させ、さらにシリアでのISISの拠点であるラッカを陥落させる」と述べた。

【参考記事】トランプの妻メラニアが大変身、でも勝負服が裏目に

 一方のトランプは、具体策は一切言わず、また米軍の地上軍派遣の是非に関しても何も言わなかった。その一方で「モスルを陥落させると、得するのはイランだけだ」という意味不明の回答に終始していた。要するにイランに近いシーア派主体のイラク政府軍が、ISISを敗走させることは期待しないとでも言いたげな雰囲気を見せた。

 次に、シリアが問題となった。「アレッポをどう救うか」というのが話題となり、ここではヒラリーは「飛行禁止区域の設定と人道安全地帯(セーフゾーン)の設置」を主張したのだが、トランプは「シリアの混沌はすべてオバマとヒラリーの責任だ」と吠え立て、では、シリア人は被害者なのかというと「シリア人の難民を受け入れればISISが混じっているのだから、その受け入れを進めるオバマとヒラリーは極悪人だ」と非難した。そして相変わらずアサド政権とロシアを擁護するようなことを言った。

 トランプの発言は、ロシアとアサド政権に肩入れする一方で、イランは敵視するという支離滅裂さがあるが、とにかく過去から現在のアメリカにある感情論をパッチワーク式に繋いで、ブッシュからオバマの16年をまとめて全否定し、ついでに危険と思われる話は全部「アメリカから隔離」するというロジックなので、単純と言えば単純だ。

 問題はヒラリーの発言で、2つ重要な踏み込みをしている。一つは、これは前々回の討論からも、そしてマニフェストでも一貫して主張していることだが、イラク問題でクルド系との協調ということを強調しているということだ。これは、過去15年のアメリカの軍事外交方針の延長にあるものだが、強く押し出しすぎると、トルコとの対立になる。その一方で、クルド系というスンニ派の勢力を支援することで、イラクとシリアを安定化させるのは、話として筋は通っている。ヒラリーがこの点について、どこまで本気なのか非常に気になるところだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中