いとうせいこう、ギリシャの「国境なき医師団」を訪ねる.1
左上アテネからシリアのアレッポはあまりに近い。
<「国境なき医師団」(MSF)を取材することになった いとうせいこうさんは、まずハイチを訪れ、そこで、その現場は、いかに修羅場かということ、そして、様々なスタッフによって成り立っていることを知る。そして、今度はギリシャの難民キャンプを訪ねた...>
これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く 」
前回の記事:「アイラブユー、神様──『国境なき医師団』を見に行く(ハイチ編11最終回)」
渡航先がギリシャになる
『国境なき医師団を見に行く』第二回取材は、ほぼミャンマーだろうと言われていた。ところが取材のためにとっておいたスケジュールの一ヶ月前くらいになって、NGOの入国が厳しくなっていると伝えられた。入れたとしても俺一人だという。右も左もわからない俺がたった一人でミャンマーの活動地に入ったところでなんの意味もない。
他に候補地がないか、MSFジャパンの広報である谷口さんは必死だったと思う。
それで出発の二週間前だったか、ギリシャのMSFが受け入れてくれることになった。幸い日本人スタッフにも話が聞けるのではないかという続報も来た。とりあえず行ける場所が出来たことに俺は安堵した。
だが、一体なぜギリシャなのか?
谷口さんからのメールにはこうあった。
「近年、中東、アフリカの情勢不安を逃れて、多くの方が海を渡り、欧州を目指しています。弊団でも、地中海、ギリシャ、イタリア、フランスほか で、このような難民の方々を保護、医療を提供しています」
出た、弊団。俺はこの名前が大好きだ。
ギリシャのピンチ
ギリシャが経済破綻をし、イギリスより前にEUからの緊縮財政の提案に関して国民投票をした国であることは俺も知っていた。そしてギリシャ国民は2015年のその投票においてEUにノーを言い、離脱やむなしという態度をとった。
結果、チプラス首相が譲歩をし、EUは支援に回った。
そのギリシャに特に昨年から、すさまじい数の難民が押し寄せていた。
次から次へとピンチが襲っているわけだ。
例えば、シリア難民だった。混迷を深めるシリアからは次々に脱出する人がおり、彼らはヨーロッパで新しい生活をしたいと考えている。移民に対して特に対策が厚いのがドイツで、出来ればそこで定住したいと彼らは願う。したがって、シリア難民となった人々は真上のトルコを通り、対岸のギリシャに小舟で向かう。あるいは陸路で歩き抜け、イスタンブールを渡り、ギリシャの上のマケドニア、セルビアなどを移動する。
前者の、海路を目指す人たちの多くが海難事故に遭って乳幼児が沿岸に打ち上げられるのを、報道で見た人も少なくないはずだ。
【参考記事】地中海で溺れた赤ちゃん、難民の悲劇は止まらず
EUートルコ協定
しかしながら、それが実情どんなことになっているのか、あるいはまさに今年の春に締結された「EUートルコ協定」によって、ギリシャへの不法移民がトルコに再送還されるという約束がどう実現されているのか、俺はくわしく知らなかった(この「EUートルコ協定」については、こちらのニューズウィークの記事をお読みいただきたいのだが、ともかく重要なのは今年2016年3月に"密航業者のあっせんなどでギリシャに渡った難民・移民の人々をトルコへ送還するかわり、トルコ国内の難民キャンプで暮らす人たちを正規ルートにのっとって「第3国定住」の枠組み内で受け入れる "という約束が出来てしまったことだ)。
これでギリシャに渡った人々の夢は断たれた。が、しかしトルコに送られたところでどうにもならない彼らは動きたくない。MSFとしても難民が生まれているからには、彼らの生活を支えようとする。
そんな中、多くの難民がギリシャ国内にとどまって、よりよい決定が世界政治上でなされるのを待つことになった。
それどころか、今日もまた他国からギリシャへと人は渡っているのである。
ということで、またも付け焼き刃の勉強を行った状態でギリシャに四泊(プラス機内泊二日)してきた俺は、実はすでに帰りの機内にいる。
カタール航空でギリシャの首都アテネを深夜に出た俺は、5時間ほどでドーハに着き、その最新鋭のハブ空港から東京羽田へ10時間のフライトをしているところだ。周囲の日本人はヨーロッパのあちこちからドーハでトランジットしているらしく、思い出を語りあうのも億劫な感じでぐったりしている。
飛行機はアラビア半島の右端から、やがてイラン、パキスタンの上あたりを飛ぶだろう。
その間、俺はギリシャで何を見たのか、スマホで撮った写真と細かくつけたメモ帳を照らし合わせて思い出していく。なにはともあれ、俺は憧れのギリシャ旅行がまさか『国境なき医師団』の活動地訪問になるとは思いもよらないまま、アテネで地下鉄に乗りまくり、リゾートで有名な島に渡って大きな難民キャンプの厳しい状況を知ることになるのだ。