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資本主義の成熟がもたらす「物欲なき世界」

2016年7月21日(木)17時50分
WORKSIGHT

 業界内の競争も人材流動も激しいです。一生懸命働いていても、ある日突然自分より年下の人間がボスとしてやってきてクビを言い渡されるといった過酷な現実がある。そういう環境では、お金以外の価値観を持っていないと生きていけません。そういうことも人々の脱物質化を促す要素になっていると感じます。

 実際、ニューヨークの金融業界で稼いでいたけれども会社を辞めて、貧困家庭の食事のケアをするNPOを立ち上げた人もいます。資本主義の閾値を超えている場所だからこそ、お金以外のところに目を向けざるを得ず、結果として自分の新たな生きがいを見出すきっかけにつながるのでしょう。

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人や集団は多様で、評価軸はさまざま。経済の尺度が絶対視される時代は終わる


 経済的な豊かさの象徴としてのモノの価値が下がっていく、それが物欲なき世界で起きることです。ということはつまり、目に見えるものや金銭的な尺度がこれまでほど絶対でなくなることを意味します。

 今まではいろんなことをお金に換算して評価していました。その人がどれくらい仕事ができるかということは年収で評価され、その人の幸福度も持っている家やクルマ、服といった資産で評価される。数字に換算できるので分かりやすかったけれども、そういう意味ではこれからは複数の視点で幸せ感を定義していくことになるでしょう。

 もちろん経済の尺度がなくなることはありません。経済の尺度はそれはそれとしてあり、そうでない価値観、評価軸がこれから生きてくるということで、例えばその人に対するリスペクトや友だちの人数も含めた複数軸のマトリクスで、個々人の人格や幸福感が認識されていくのではないでしょうか。

 価値を測るものさしが多様化するというのは分かりにくいかもしれませんが、例えば「日本で最も優れた作家は誰か」と問われれば、さまざまな評価軸がありますよね。本の発行部数、作品の点数、文学賞などの受賞歴、ネット上のコミュニティのファン数、広告出演も含めた年収など、いろいろな評価の軸があるわけです。そういう数字的な評価の他にも、自分が心を打たれた作品を書いた、だからこの作家が一番だという発想だってある。そんなふうに個人のみならず、あらゆる商品やサービスの評価の軸が複雑化していくと思います。

 これは変化といえば確かに変化なんですが、でも高度資本主義が席巻する前の社会はこういうものだったんです。20世紀後半が異常なまでに経済的な尺度で物事を測りすぎていただけ。交換能力の高いお金で効率よく物事の価値を判断していたわけです。それは先進国、先進都市での強力な価値の単一化をもたらしました。

 でも実際のところ、人間の価値観や幸福感は単純に図れるわけがないんです。人や集団は多種多様で、いろいろな側面があって、いろいろな評価軸がある。もう一度それを賢くとらえ直そうという動きが、この物欲レスの状態につながっていると僕は思っています。

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