最新記事

イギリス

英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ ──チルコット委員会はどこまで政治責任を追及するか

2016年7月1日(金)16時05分
小林恭子(在英ジャーナリスト)

 09年11月から英国内外の政治家、軍事関係者、外交官などに対する公聴会が始まり、2011年2月まで続いた。約150人が証人となり、公聴会の模様はウェブサイト上で同時発信されたほか、提出された書類とともにアーカイブとして残されている。委員会は15万点に上る政府書類にも目を通した。

「戦争と平和」の4倍の長さとなる調査報告書

 来月発表される報告書は260万語もの膨大な書類となる。トルストイの「戦争と平和」の4倍の長さに相当する。

 2011年に公聴会が終了後、報告書の発表までに5年を要した理由として、集められた情報が巨大であったことや、事実関係や機密事項が不用意に公開されていないかどうかの確認、また関係者による内容の検証(報告書の批判に対し、該当者が申し立てをする機会が与えられる)があったと言われている。

期待される項目とは

ukiraq-cpt02.jpg
イラク調査委員会のウェブサイト

 報告書の最大の注目点は、今でも「違法かどうか」が問われているイラク侵攻を主導したブレア氏に対する評価だ。例えば、以下の点についての記述が同氏の評価を決めるだろう。

──どのような政治的過程を経て、同氏が侵攻に踏み切るようになったのか。

──ブッシュ大統領と侵攻についてどんな取り決めがあったのか。

──政権、司法、諜報、軍事関係者はどのような見方をしていたのか。

──国際社会はどのような態度をとり、反応をしていたのか。

──侵攻への準備、戦争中の犠牲者、被害はどれぐらいだったか。準備及び計画は十分なものであったか。

──侵攻前に、政府はイラクのその後についてどのような計画を立てていたのか。現在の泥沼状態にどれほどの責任があるのか。

本物の検証とはどういうものか

 報告書は膨大な量の情報を含んだものになるため、序文だけでも相当なページ数になる。歴史家や研究者をのぞくと、ほとんどの人が報告書の概要などを中心に閲読することになるだろう。

 しかし、全文を熟読するのはごく限られた少人数であったとしても、一つの戦争の前後を詳細に記録したことの意味は大きい。

 イラク戦争は一つの国を破滅状態にし、ISが生まれる道を作った。イラクの現在の混迷は2003年の侵攻と直接結びついている。だからこそ、戦争の全貌を明るみに出す作業に英国民は無関心ではいられない。

 一時はブッシュのプードル犬と言われたブレア元首相。米英は「特別な関係」にあるとも言われるが、果たして、国民からすれば違法とも思える形での侵攻にまで付き合う必要があったのか。世界最強の軍事力を持つ米国に「強ければ何をしてもよい」というお墨付きを与えてしまったのではないか──そんな疑問を持ち続けている。

 人の生と死にかかわる政治家の嘘を国民は覚えているものだ。今はアルカイダの代わりにISが悪役になったが、今も続く継続中の「テロの戦争」に、ブレア元首相によって「関与させられてしまった」ことへの痛みと無念さがある。

 この痛みと無念さをイラク戦争の経緯を覚えている英国民は忘れない。
          
※イラク調査委員会のウェブサイトはこちら

※当記事は朝日新聞WEBRONZA(6月23日)からの転載です。

[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 6
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中