英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ ──チルコット委員会はどこまで政治責任を追及するか
09年11月から英国内外の政治家、軍事関係者、外交官などに対する公聴会が始まり、2011年2月まで続いた。約150人が証人となり、公聴会の模様はウェブサイト上で同時発信されたほか、提出された書類とともにアーカイブとして残されている。委員会は15万点に上る政府書類にも目を通した。
「戦争と平和」の4倍の長さとなる調査報告書
来月発表される報告書は260万語もの膨大な書類となる。トルストイの「戦争と平和」の4倍の長さに相当する。
2011年に公聴会が終了後、報告書の発表までに5年を要した理由として、集められた情報が巨大であったことや、事実関係や機密事項が不用意に公開されていないかどうかの確認、また関係者による内容の検証(報告書の批判に対し、該当者が申し立てをする機会が与えられる)があったと言われている。
期待される項目とは
イラク調査委員会のウェブサイト
報告書の最大の注目点は、今でも「違法かどうか」が問われているイラク侵攻を主導したブレア氏に対する評価だ。例えば、以下の点についての記述が同氏の評価を決めるだろう。
──どのような政治的過程を経て、同氏が侵攻に踏み切るようになったのか。
──ブッシュ大統領と侵攻についてどんな取り決めがあったのか。
──政権、司法、諜報、軍事関係者はどのような見方をしていたのか。
──国際社会はどのような態度をとり、反応をしていたのか。
──侵攻への準備、戦争中の犠牲者、被害はどれぐらいだったか。準備及び計画は十分なものであったか。
──侵攻前に、政府はイラクのその後についてどのような計画を立てていたのか。現在の泥沼状態にどれほどの責任があるのか。
本物の検証とはどういうものか
報告書は膨大な量の情報を含んだものになるため、序文だけでも相当なページ数になる。歴史家や研究者をのぞくと、ほとんどの人が報告書の概要などを中心に閲読することになるだろう。
しかし、全文を熟読するのはごく限られた少人数であったとしても、一つの戦争の前後を詳細に記録したことの意味は大きい。
イラク戦争は一つの国を破滅状態にし、ISが生まれる道を作った。イラクの現在の混迷は2003年の侵攻と直接結びついている。だからこそ、戦争の全貌を明るみに出す作業に英国民は無関心ではいられない。
一時はブッシュのプードル犬と言われたブレア元首相。米英は「特別な関係」にあるとも言われるが、果たして、国民からすれば違法とも思える形での侵攻にまで付き合う必要があったのか。世界最強の軍事力を持つ米国に「強ければ何をしてもよい」というお墨付きを与えてしまったのではないか──そんな疑問を持ち続けている。
人の生と死にかかわる政治家の嘘を国民は覚えているものだ。今はアルカイダの代わりにISが悪役になったが、今も続く継続中の「テロの戦争」に、ブレア元首相によって「関与させられてしまった」ことへの痛みと無念さがある。
この痛みと無念さをイラク戦争の経緯を覚えている英国民は忘れない。
※イラク調査委員会のウェブサイトはこちら
※当記事は朝日新聞WEBRONZA(6月23日)からの転載です。
[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)