最新記事

イギリス

英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ ──チルコット委員会はどこまで政治責任を追及するか

2016年7月1日(金)16時05分
小林恭子(在英ジャーナリスト)

 しかし、この年の5月末、BBCラジオのある報道が大きな政治スキャンダルを発生させる。02年9月に政府は「イラクが45分以内に大量破壊兵器の実戦配備が可能」とする報告書を出していた。BBCは、この報告書が「イラクの脅威を誇張していた」と報道し、「45分の脅威」の信憑性を問題視した。記者は第1報で「嘘と知りながら、情報を入れた」とうっかり口を滑らせた(後、訂正)。ブレア首相には「嘘つきブレア」というあだ名がついた。

 政府は「誇張していたのではない」と証明するためにやっきとなり、政府とメディア(BBC)の対決となった。

 外務委員会が調査を開始し、証人として呼ばれた一人が国防省顧問のデービッド・ケリー博士だった。召喚の数日後、ケリー博士が遺体で発見された。後になって、博士が先のBBC報道の重要な情報源だったことが判明する。

ハットン委員会と「ごまかし」

 博士の死をめぐる事実関係を解明するために行われたのが「ハットン調査委員会」だ。ブレア首相やほかの政治家、諜報情報組織の幹部、BBC関係者など70人が召喚され、その模様は動画中継された。

 この時、正式には博士の死をめぐる調査委員会ではあったが、多くの人がいかに侵攻までの過程が違法であったのか、いかにブレア政権が「嘘をついて」国民を戦争に連れて行ったのかが解明されると思っていた。ところが、04年1月に発表された報告書は、博士の死を自殺と結論づけたのは妥当ではあったものの、BBCの報道は誤報とし、政府が情報を誇張した事実はないとしたために、大きな衝撃となった。

 全国紙インディペンデントは1面に一言、「ホワイト・ウォッシュ(ごまかし)」と書いた。ハットン委員会が政府の嘘をごまかした――そんなメッセージだった。

 BBCの経営陣トップ、二人は引責辞任をした。トップ二人が一度に去るのは前代未聞である。「政権が諜報情報を誇張していた」とするラジオ報道を弁護し続けてきたグレッグ・ダイク会長はそのうちの一人だったが、BBC職員らが制作拠点のBBCテレビセンターの前で「ダイクを戻せ」というプラカードを持って抗議デモを行った。

バトラー委員会で検証をやり直す

 大々的な調査を行ったハットン委員会でも「ブレア氏の嘘」は証明できなかった。しかし、このときまでに開戦前にあると言われた大量破壊兵器はまだ見つかっていなかった。やはり戦前の政府の諜報情報は間違っていたのではないか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中