最新記事

歴史

優柔不断なツァーは追加の電報で気が変わった――第一次世界大戦史(3)

2016年7月11日(月)17時06分

 他方、北欧クルーズに出かけていたカイザーは、報告を受けてはいたものの、最終的にヨーロッパ戦争に発展はしないと楽観視していた。二七日にポツダムへ戻ったカイザーは、翌日、セルビアの回答内容を知り、それが宥和的であることを「予想以上」と捉えた。彼はオーストリアが戦争に訴える理由はなくなったと考え、自ら仲裁に乗り出す意向も示す。

 しかし、指示を受けた外相も、ベートマンも、カイザーの主張をまともにオーストリア側に伝えようとしなかった。クラークが書いているように、カイザーが以前のように臣下を動かす力を十分持っていたら、カイザーの介入で危機の展開も変わったであろうが、そうはならなかった。

 それでもまだ妥協の余地は残っていた。なぜなら、ロシア側に最後通牒の期限の延期を求められて、ベルヒトルトは拒否したものの、彼は期限が切れてからもセルビア側が要求に従えば戦争を避けることができると回答していたからである。

 しかし、ロシアの部分動員を知って、セルビア政府はむしろ勢いづいていた。駐露セルビア公使は、「セルビア人の完全な統一」を果たす絶好の機会が訪れたとさえ報告している。

 七月二八日午前、皇帝フランツ・ヨーゼフは、対セルビア宣戦の詔勅に署名する。こうして、オーストリア対セルビアの戦争は始まったが、まだこの段階では地域紛争に留まっていた。この七月危機のさなか、老皇帝は次のような趣旨のことを漏らしたと伝えられる。「この君主国が亡びなければならないならば、その時には少なくとも名誉をもって亡びなければならない」。名誉ある滅亡かどうかは別にして、この古くからの帝国は亡ぶ。しかし、老皇帝はそれを目撃せずに済む。

揺れるツァーの決断

 部分動員を決めていたロシアは、さらに総動員(三〇日下令)へと向かう。これを「七月危機におけるもっとも重大な決定の一つ」とクラークは言う。当時は外交文書の捏造(ねつぞう)などもあり、はっきりとしなかったが、ロシアは総動員をかけた最初の国だった。なぜロシアは部分動員を総動員へと切り替えたのか。

 まずは、先にも述べたように、部分動員が技術的に実行困難であったことがある。さらに外交交渉の行き違いもあった。少し経緯を見てみよう。

 ドイツでは、戦争をオーストリアとセルビアとの間に局地化したいと考えたベートマンが、カイザーからツァー宛の電報(二八日付)で、墺露間の調停の意向を伝えた(二九日の夕刻にはもう少し踏み込んだ内容の電報を打つ)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中