ロシアの介入はないと無責任な約束をしたドイツ――第一次世界大戦史(2)
<ある点において、2016年夏の英EU離脱騒動は、1914年夏の第一次世界大戦開戦に似ている。1914年6月の「サラエボ事件」後、錯綜する思惑の中、ドイツ側にもロシア側にも、後に「白紙小切手を渡した」と言われる行動があった。歴史をひも解くシリーズ第2回>
(上図:「不幸なオーストリア!」〔ドイツ〕。フランツ・フェルディナント大公の暗殺を受けてのもの。タイトルは、ハプスブルク家のモットー「幸福なオーストリア」のもじり。たび重なる不幸から、死神が「さて、次はどうする?」と右手で「?」を描いている。不吉な予言とも思える。アメリカ人を父としてドイツに生まれた作者ジョンソンは、当時のドイツを代表する諷刺画家の1人。)――『第一次世界大戦史――諷刺画とともに見る指導者たち』より
まさか、こんな結果になるとは思っていなかった――。おそらく後世の歴史家から見れば、2016年夏の英EU(欧州連合)離脱騒動は、指導者たちの思惑が複雑に絡み合い、意図せざる結果を生んだ好例になるのではないか。そのくらい、国民投票での離脱派勝利は英国内外で驚きをもって受け止められた。
あの1914年の夏と同じだ。第一次世界大戦(1914~1918)の歴史をひも解くと、人類最初のあの世界大戦も、思惑と偶然が絡み合った意図せざる産物であったことがよくわかる。
「一九一四年夏、ヨーロッパは、各国の一握りの為政者の決定と、それらの相互作用の積み重ねから戦争にいたる」と、飯倉章・城西国際大学国際人文学部教授は『第一次世界大戦史――諷刺画とともに見る指導者たち』(中公新書)の「まえがき」に記す。「大戦期の個性豊かな政治家、君主、軍人たちの多くは、必ずしも戦い――少なくともヨーロッパ全土での戦争――を望んではいなかったが、憶測や利害、希望的観測に振り回されて、この大戦争の渦の中に巻き込まれていった」
100点近くの諷刺画を織り交ぜ、その戦いの軌跡をたどった本書は、登場する指導者たちの選択と行動に着目し、さらには絵を挿入することで、当時の様子や戦争の展開を生き生きと描き出すことに成功している。通史でありながら、歴史のダイナミズムを感じさせる一冊だ。
ここでは、「序章 七月危機から大戦勃発まで」の前半を抜粋し、3回に分けて掲載する。以下は、シリーズ第2回。1914年6月にサライェヴォ(サラエボ)でオーストリアの大公夫妻が暗殺された後、ドイツ、セルビア、イギリス、ロシアの各国で指導者たちの動きが活発化する。
『第一次世界大戦史――諷刺画とともに見る指導者たち』
飯倉 章 著
中公新書
※シリーズ第1回:テロリストの一弾が歴史を変えた――第一次世界大戦史(1)
カイザーは「白紙小切手」を渡したのか?
七月五日、ポツダムの宮殿でカイザーは、ドイツに協力を求めるフランツ・ヨーゼフの親書を携えたオーストリア大使に面会する。大使によれば、カイザーは慎重な物言いをしていたが、昼食を挟んだ二度目の謁見では、宰相の同意を条件としながらも、オーストリアは「ドイツの全面支援を当てにしてよい」と確約したという。
さらにカイザーは、対セルビアの行動は「遅延されるべきではない」と釘を刺し、背後にいるロシアと戦争になった場合、ドイツがオーストリア側に立つことを信じてよいとも伝えたとされる。これが世に「白紙小切手」と言われる約束であった。
翌六日、カイザーは毎年恒例である北欧へのヨット旅行に出かける。後を受けたドイツ帝国の宰相テオバルト・フォン・ベートマン=ホルヴェークは、オーストリアの大使と外相特使へ公式に返答した。大使の要約によれば、そのなかでベートマンは、彼もカイザーも、オーストリアがセルビアに直ちに干渉するのが「最善かつもっとも根本的なバルカンでの問題の解決方法」であると伝えたという。
後世の一部の論者は、この一連のやりとりで、ドイツの皇帝も宰相も、オーストリアが控え目な措置を意図していたのに、それ以上の行動を煽ったと指摘した。オーストリアを戦争へと導き、それがロシアの介入を招き、連鎖的に世界大戦にいたらしめたというのである。ただ、こんにちの歴史家が明らかにしたのは、この時点でドイツの指導者たちは、オーストリアがセルビアに戦争をしかけたとしても、ロシアの介入がないと信じており、またその介入を誘発する意図もなかったことである。カイザーは、北欧へ旅立つ前に「今回のケースで、ツァーがレジサイド[国王殺害者。ここでは、前国王がクーデターで殺害されたセルビアを示す]の側に身を置くことはないだろう。おまけに、ロシアもフランスも戦争の備えができていない」と語ったという。
つまり、ドイツはロシアと戦争するリスクを冒してまで、セルビアに対して強硬措置をとるようオーストリアに求める気はなかったのである。もしもドイツ側に責められる点があるとすれば、オーストリアに対して、いい加減な約束をし、なすがままに任せた無責任さにあると言えるかもしれない。