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シリア停戦後へ米ロとトルコが三巴の勢力争い

2016年3月7日(月)17時00分
オーエン・マシューズ

介入をためらうトルコ

 一方、エルドアン政権が恐れているのは三重の災難だと、トルコの全国紙ヒュリエトのコラムニスト、ムスタファ・アクヨルは指摘する。アサド政権が延命し、難民の大量流入は止まらず、おまけに国境地帯にクルド人国家が誕生するという事態だ。NATOでアメリカに次ぐ軍備を誇るトルコ、この三重苦を防ぐためにシリアに地上部隊を派遣するだろうか。

 ロシア国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官は先日、「トルコがシリアへの軍事侵攻に向けて精力的に準備を進めていることを示す重要な証拠」があると述べ、警戒感をあらわにした。衛星画像でトルコがシリアとの国境地帯に兵員と武器を集結させていることが確認されたというのだ。

【参考記事】シリア情勢に影を落とすロシアとトルコの歴史的確執

 真偽はともかく、現段階でトルコが地上部隊を派遣することは考えづらいが、少なくとも限定的な介入を検討したことはあるようだ。14年、軍事介入を正当化するための挑発工作を話し合う官僚の密談とされる録音テープがYouTubeに流出し、政府は一時アクセスを遮断した。

エルドアンは、今も介入の意欲をのぞかせている。先日の記者会見では、イラク戦争当時に提唱されたアメリカとトルコが協力してイラク北部に緩衝地帯を設ける計画(トルコ議会の反対で実現しなかった)を引き合いに出し「トルコ軍がいれば、イラクは今のような状況にならなかった」と述べた。さらに「必要なら(介入できる)権限が既にトルコ軍に付与されている」ので、議会の承認は不要だとまで明言した。

 とはいえ、シリアにおけるゲームチェンジャーはロシアの空軍力であり、ロシアの存在がトルコの出番を奪うだろう。「この5年間にトルコがシリアに介入しそうな局面が何回かあったが、政府はいつも土壇場で踏みとどまった。ロシアが首を突っ込んだ今は、なおさら慎重になるはずだ」と、アクヨルは見る。

【参考記事】アサドやISISより多くの民間人を殺したロシア

 トルコは「共通の敵に立ち向かう」ためにサウジアラビア、カタールと軍事同盟を結んだばかりだ。しかし、この中東の2国がアメリカの許可なしでシリアに介入することはあり得ない。

 アメリカ国内ではトルコと協力してシリア北部に「安全地帯」を設ける案が声高に叫ばれているが、ロシアと直接対決になるリスクが大き過ぎる。

「ロシアが空爆を開始した時点でオバマ米大統領は『シリアをロシアとの代理戦争の場にすべきではない』と明言した」と、ランディスは指摘する。「これがアメリカの方針であり、今後も変わらない」

 シリアでは政府軍の攻勢が続いている。経済制裁を解除されたイランも、イラクのシーア派とシリアのアサド政権へのテコ入れを強化するだろう。地元の記者によれば、アレッポの反政府派の支配地域では燃料不足が深刻だという。

 12年に反政府派がアレッポを掌握した時点ではアサド政権の崩壊は時間の問題に見えたが、血みどろの内戦を経て、今や形勢は逆転している。

 ミュンヘンでの停戦合意はシリア政府軍によるアレッポ制圧の序章になるだろう。そしてイラン・イラク戦争以来、中東で最大の犠牲者を出し続ける紛争は終わりの始まりを迎える。

[2016年3月 1日号掲載]

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