最新記事

古典

ISが標的にするイタリアの古典、ダンテ『神曲』のムハンマド冒涜が凄い

作品中でムハンマドを地獄に落としたことが許せないと、ダンテの墓がテロの標的に

2015年7月16日(木)19時25分
コナー・ギャフィー

永眠の妨げ ダンテの墓。近くにはダンテ博物館も WIKIMEDIA COMMONS

 13〜14世紀に生きたフィレンツェの大詩人ダンテの墓がテロリストに狙われている。

 ダンテの代表作である壮大な叙事詩『神曲』には、イスラム教の預言者ムハンマドが登場する。それも、イスラム過激派の逆鱗に触れそうな描き方だ。ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)に共鳴するイタリア国内のテロリストがダンテの墓の破壊を計画しているとみて、イタリアの治安当局は警戒を強化している。

 イタリアの新聞ジョルナーレは、北東部の都市ラベンナにあるダンテの墓が重点的なテロ警戒区域に指定されたと伝えている。

 では、いったいどんな描き方なのか──。

『神曲』第1部地獄篇には、「欺瞞の罪」で地獄の第8圏に落とされたムハンマドとダンテの架空の出会いが描かれている。ムハンマドは悪魔に胸を切り裂かれ、内臓が垂れ下がった、見るもおぞましい姿になっている。ムハンマドの娘婿アリーは、顎から額まで顔を真っ二つに割られている。

 ダンテはこの2人を「生前に不和と分裂の種を撒いた者たち」と形容している。ダンテの時代には、イスラム教はキリスト教から分かれた異端の宗教とみられていた。『神曲』の記述にも、その時代の思潮が色濃く影を落としている。

カトリック教会には文句なしの大芸術家だが

 ダンテの『神曲』は以前にも「イスラム教への偏見を煽る」書として問題になったことがある。イタリアの人権擁護団体「ゲルーシュ92」は、イスラム差別に加え、「人種差別や反ユダヤ主義的な内容」があるとして、『神曲』を公教育のカリキュラムから外すよう国連機関に助言した。

 しかし、英ノッティンガム大学神学部の教授で、ダンテ研究の専門家アリソン・ミルバンクによると、ダンテを「イスラム嫌い」とみるのは誤りだ。「ダンテの描く地獄にひしめいているのは、おもにキリスト教徒たち」だと、ミルバンクは指摘する。

 さらに『神曲』では、十字軍に勝利したイスラムの英雄サラディンや、イスラムの哲学者アベセンナ(イブン・シーナー)とアベロエス(イブン・ルシュド)が、古代ギリシャ・ローマの英雄たちとともに死後の楽園エリュシオン(辺獄)にいることになっている。ミルバンクによれば、これもダンテがイスラム嫌いでないことを示す証拠だ。

 ダンテは晩年をラベンナで過ごし、1321年に死亡した。市の中心部に18世紀に建設された墓に遺体が収められている。墓の近くにはダンテ博物館がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 取引禁止

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ワールド

米中国防相会談、米の責任で実現せず 台湾政策が要因
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中