世紀の薄煕来裁判は習の失敗?
遼寧省長を務めていた02年当時、大連市に支払われた工事資金500万元(約8000万円)を着服したとされる横領罪についても、カネが入金されたのは薄本人ではなく妻の口座だった。職権乱用罪は、米総領事館に駆け込んだ側近の王立軍(ワン・リーチュン)を、重慶市公安局長職から中央の許可なく解任したことが違法だとされた。どれも薄を「汚職まみれの極悪政治家」と断じるには根拠薄弱だ。
おまけに、裁判で薄は側近の王が自分の妻の谷にひそかに恋心を寄せ手紙で告白していたことまで明らかにした。薄が起訴事実と直接関係のないエピソードをわざわざ持ち出したのは国民の同情を買うためだろう。
昼のメロドラマのようなこのエピソードがなかったとしても、裁判のネット公開で一番得をしたのはほかでもない、薄だ。裁判後、微博が実施したネット世論調査によれば、裁判開始前に薄に対して悪い印象を持っていた人のうち、改善した人の割合は42%で、より悪化した人の14%を大きく上回った。
「騒ぎ自体を楽しむネットユーザーの声を真に受けるべきでない」と、政治評論家の李大同(リー・タートン)は言う。「一般の国民はもっと冷静に薄と裁判を見ている」
「内」がダメなら「外」へ
中国では最近、裁判の審理をネット公開するケースが増えている。しかしなぜ、最も敏感な今回の審理をネットでほぼリアルタイムに公開したのか。
すべては習政権の思惑どおりだった可能性もある。そもそも、薄が掲げた社会主義回帰路線に激怒し、薄を失脚に追い込んだのは前首相の温家宝(ウェン・チアパオ)とされる。薄を追い込んだのが前政権の温と胡錦濤(フー・チンタオ)前主席ならば、薄と同世代でもある習と李克強(リー・コーチアン)首相が薄を厳刑で追い詰める理由は必ずしもない。むしろ薄が提唱した路線を支持する国民を敵に回すだけ、という見方もできる。
ただ薄が他の汚職官僚より軽い刑で済むと、汚職狩りの象徴として薄を起訴したことと矛盾する。やはり、放っておけば過去の政治家として消えていくはずだった薄の反撃を許したのは、単純に習があらゆるシナリオを想定せずに犯したミスである可能性が高い。
「もし習が『薄は反論しない』という部下からの誤った情報をうのみにして判断を誤り、ネット公開を認めたのだとしたら、ダメージは小さくない」と、政治学者の趙宏偉(チャオ・ホンウェイ)は言う。「現政権の能力の低さを表している」
習は失点をどう回復するのか。秋には新政権の今後の運営方針を決める重要会議が迫っている。高成長時代が終わりつつある中国経済の方向転換が最大の課題だが、複雑に絡んだ利害関係を調整し、構造改革を一気に進める方策は簡単に見つからない。
「そうなれば、習政権は外交で失点回復を図るだろう」と、趙は言う。外交とは、つまりは領土問題だ。「日本と事を構えるのはリスクが大きい。アメリカの支援が十分でないフィリピンが狙われるかもしれない」
ただし、領土問題でもミスを犯せば、習政権のダメージは計り知れない。
[2013年9月10日号掲載]