最新記事

中南米

渡航自由化、キューバの本音

2013年1月8日(火)17時37分
ニック・ミロフ(ジャーナリスト)

「頭脳流出」の悪夢再び?

 キューバの反カストロ派や反体制派はまだ懐疑的だが、首都ハバナの通りには歓喜の声と歓迎ムードが広がっている。「政府は国民に自由を返すため、前向きな措置を取っている」と、ハバナの出入国管理当局にパスポートの発行を申請したというロベルト・ペレスは話す。「われわれは長い間、自分の国の囚人だった」

 海外への渡航を希望するキューバ人が増えるのはほぼ確実だが、大方の予想ほど劇的に増えるとは限らない。

 まず、ハバナの外国大使館や領事館が喜んで大量のビザを発給するとは考えにくい。専門知識や技術のない人間や、生活の面倒を見てくれる親戚が海外にいない人間に対しては特にそうだ。

 キューバは長年、キューバ人入国者には自動的に居住権を与えるアメリカの法律を渡航規制の口実に使ってきた。この措置が最初に導入された1961年当時は、キューバで国内最高レベルの教育を受けた専門職の多くがフィデル・カストロ前国家評議会議長の革命を逃れ、マイアミに脱出した。

 今回の法改正でも、国内最高レベルの人材が高給を求めて海外へ移住することは制限されている。キューバ共産党の機関紙グランマは社説の中で、アメリカが医師などの亡命を促す政策を放棄しない限り、高レベル人材の渡航制限は今後も続くだろうと主張した。

「わが国からの『頭脳流出』を引き起こし、経済・社会・科学の発展に必要不可欠な人的資源を奪おうとする政策が続いている限り、キューバは自己防衛の措置を取らざるを得ない」

 今回の新ルールは、医師やプロスポーツ選手、科学者、機密情報に触れる機会がある政府当局者などの個人的な海外渡航を全面的に禁止するものではないと、出入国管理当局のフラガ大佐は言った。「彼らは出国できないわけではない。しかるべき当局者の許可が要るというだけの話だ」

 今回も、キューバが近年実施した多くの変革と同じく、政府当局者は改革が不測の事態を招いた場合にも対処できる余地を残している。例えば「必要不可欠な」人材の定義について、新法は当局に広範な裁量権を認めている。政府の各省庁では、今後も海外渡航に特別な許可が必要な職種のリスト作成作業に着手している。

 だが、キューバ政府はこのような例外規定を設けることで、長期的なリスクを冒していることになる。職業のせいで個人の自由が制限されることが分かれば、戦略的な重要分野で専門知識や資格の取得を目指す若い世代の情熱が一気に冷めかねない。

 さらに、政府が渡航規制を反体制派への弾圧の手段に使うのをやめると見る向きはほとんどない。新ルールによれば、あらゆるキューバ人は「公共の利益の見地から、指定された当局者の決定により」パスポートの発行を拒否される可能性がある。

 それでも全体的に見て、今回の法改正が1つの賭けであることは確かだ。国民の出入国の自由を拡大すれば、出て行くことを選ぶ人間は増えるだろう。だがそれとは逆に、帰国を選択する人間も増えるはずだと、キューバ政府は考えている。

From GlobalPost.com特約

[2012年10月31日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中