エジプト次期大統領の座に迫る危険な男
5月23〜24日に行われる大統領選で有力候補と目されるアムル・ムーサ元外相は、ムバラク政権の中枢メンバーだったが、今も国民に支持される理由
行動派 ムーサはアラブ連盟事務局長だった10年に、パレスチナ・ガザ地区を訪問して経済封鎖を解除するようイスラエルに圧力をかけた Mohammed Salem-Reuters
部外者から見れば、アムル・ムーサ(74)が今秋の選挙でエジプト大統領になる見込みはほとんどない。何しろ今回はエジプト史上初の、真に自由な大統領選挙。そして十指に余る立候補予定者のうち、この2月に辞任を強いられた独裁者ホスニ・ムバラクに最も近いのがこの男だ。
ムーサは91年から2001年まで、ムバラク政権の外相だった人物。その後もアラブ連盟(要するにムバラクと大同小異の独裁者たちの集まり)の事務局長を務めてきた。
にもかかわらず、ムーサは次期大統領の最有力候補だ。さまざまな勢力を味方に付け、支持率では国際原子力機関(IAEA)前事務局長のモハメド・エルバラダイをはるかに上回る。今年初めに首都カイロのタハリール広場を埋め尽くし、ムバラクを退陣に追い込んだ民衆の中にいたのは、ムーサではなくエルバラダイだったのだが。
決起した民衆が求めたのは、圧政と失政を繰り返してきた既成勢力との決別だったはず。そうであれば、ムーサのような人物の出番はあり得ない。なのに、なぜムーサが支持されるのか。
最大の理由は、彼が一貫してイスラエルを敵視してきたことにあるようだ。タハリール広場に面するアラブ連盟の事務所で本誌の取材に応じたときも、ムーサはイスラエルに対する敵意を隠さなかった。
「今の和平交渉は有害な言葉遊びだ。いたずらに話し合いを重ね、マスコミに写真を撮らせるだけのごまかしにすぎないことに、私たちは気付いた。実のある交渉は何もない。こんなことを続けるわけにはいかない。冗談じゃない」
宿敵イスラエルとの深い因縁
それもそのはず。ムーサの職業人生において、イスラエルは常に最大の問題だった。イスラエルとの関係が極度に緊張していた70年代、ムーサは当時の外相イスマイル・ファハミのお気に入りだった。
77年に当時のサダト大統領が歴史的なエルサレム訪問を決断したとき、ファハミは反対した。そんなことをすればアラブ世界のリーダーとしての地位を失ってしまうと訴え、職を辞した。当時41歳だったムーサは悩んだ末、イスラエルとの平和条約の立案を行うチームに加わった。
この平和条約によって、エジプトはシナイ半島を取り戻すことができた。しかしファハミが警告したとおり、アラブ世界におけるエジプトの評判はガタ落ちになった。
ムーサが外相になった頃には、イスラエルによるヨルダン川西岸やガザ地区への入植が進み、パレスチナとの和平は暗礁に乗り上げていた。当然、イスラエルとエジプトの関係も冷え込んでいた。
やがてムーサは、エジプトにおけるイスラエル批判の急先鋒となった。イスラエル側の主張には強く反論し、テレビに出演すれば激しいイスラエル批判を繰り返した。
ムーサの反イスラエル姿勢はヒットソングの詩にまで歌われた。人気歌手シャーバン・アブデルラヒムの「私はイスラエルが大嫌い」(00年)だ。このタイトルを何度も繰り返した後、アブデルラヒムは高らかに歌う。「私が愛するのはアムル・ムーサだ」