最新記事

エジプト

エジプト次期大統領の座に迫る危険な男

5月23〜24日に行われる大統領選で有力候補と目されるアムル・ムーサ元外相は、ムバラク政権の中枢メンバーだったが、今も国民に支持される理由

2012年5月21日(月)16時07分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

行動派 ムーサはアラブ連盟事務局長だった10年に、パレスチナ・ガザ地区を訪問して経済封鎖を解除するようイスラエルに圧力をかけた Mohammed Salem-Reuters

 部外者から見れば、アムル・ムーサ(74)が今秋の選挙でエジプト大統領になる見込みはほとんどない。何しろ今回はエジプト史上初の、真に自由な大統領選挙。そして十指に余る立候補予定者のうち、この2月に辞任を強いられた独裁者ホスニ・ムバラクに最も近いのがこの男だ。

 ムーサは91年から2001年まで、ムバラク政権の外相だった人物。その後もアラブ連盟(要するにムバラクと大同小異の独裁者たちの集まり)の事務局長を務めてきた。

 にもかかわらず、ムーサは次期大統領の最有力候補だ。さまざまな勢力を味方に付け、支持率では国際原子力機関(IAEA)前事務局長のモハメド・エルバラダイをはるかに上回る。今年初めに首都カイロのタハリール広場を埋め尽くし、ムバラクを退陣に追い込んだ民衆の中にいたのは、ムーサではなくエルバラダイだったのだが。

 決起した民衆が求めたのは、圧政と失政を繰り返してきた既成勢力との決別だったはず。そうであれば、ムーサのような人物の出番はあり得ない。なのに、なぜムーサが支持されるのか。

 最大の理由は、彼が一貫してイスラエルを敵視してきたことにあるようだ。タハリール広場に面するアラブ連盟の事務所で本誌の取材に応じたときも、ムーサはイスラエルに対する敵意を隠さなかった。

「今の和平交渉は有害な言葉遊びだ。いたずらに話し合いを重ね、マスコミに写真を撮らせるだけのごまかしにすぎないことに、私たちは気付いた。実のある交渉は何もない。こんなことを続けるわけにはいかない。冗談じゃない」

宿敵イスラエルとの深い因縁

 それもそのはず。ムーサの職業人生において、イスラエルは常に最大の問題だった。イスラエルとの関係が極度に緊張していた70年代、ムーサは当時の外相イスマイル・ファハミのお気に入りだった。

 77年に当時のサダト大統領が歴史的なエルサレム訪問を決断したとき、ファハミは反対した。そんなことをすればアラブ世界のリーダーとしての地位を失ってしまうと訴え、職を辞した。当時41歳だったムーサは悩んだ末、イスラエルとの平和条約の立案を行うチームに加わった。

 この平和条約によって、エジプトはシナイ半島を取り戻すことができた。しかしファハミが警告したとおり、アラブ世界におけるエジプトの評判はガタ落ちになった。

 ムーサが外相になった頃には、イスラエルによるヨルダン川西岸やガザ地区への入植が進み、パレスチナとの和平は暗礁に乗り上げていた。当然、イスラエルとエジプトの関係も冷え込んでいた。

 やがてムーサは、エジプトにおけるイスラエル批判の急先鋒となった。イスラエル側の主張には強く反論し、テレビに出演すれば激しいイスラエル批判を繰り返した。

 ムーサの反イスラエル姿勢はヒットソングの詩にまで歌われた。人気歌手シャーバン・アブデルラヒムの「私はイスラエルが大嫌い」(00年)だ。このタイトルを何度も繰り返した後、アブデルラヒムは高らかに歌う。「私が愛するのはアムル・ムーサだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中