最新記事

米軍撤退

イラクの次の占領者はイランかサウジか

イランとサウジがイラクのシーア派とスンニ派にそれぞれ加勢。年末に米軍が引き揚げた後のイラクは宗派間対立の新たな戦場になる

2012年1月20日(金)14時48分
ババク・デガンピシェ(ベイルート支局長)、イーライ・レイク(軍事問題担当)

暴力の連鎖 9年近い米軍駐留も治安の安定にはつながらなかった(北部キルクークで起きた爆弾テロの現場) Ako Rasheed-Reuters

 イラク中西部アンバル州のカシム・ファハダウィ知事は先月、バグダッドに向かう途中で危機一髪の体験をした。首都から約20キロの地点で、ファハダウィを乗せた車列が路肩爆弾による攻撃を受けたのだ。州知事本人は無事だったが、爆発で護衛3人が負傷した。

 ファハダウィにとって、この手の暗殺計画は珍しいものではないが、今回は特別だった。爆発地点が、ムサンナ旅団の兵士が守る検問所の近くだったからだ。イスラム教シーア派が兵士の主力を占める同旅団は、スンニ派に対する人権侵害で悪名高い部隊だ。

 ファハダウィは翌日、地元テレビにこう語った。「以前はアルカイダに命を狙われたものだが、今度は民兵出身の軍の一部に狙われた」

 年末に予定される米軍の完全撤退までほぼ1カ月。この事件は、5年近く前にイラクを分裂寸前に追いやった流血の宗派間対立が再燃しかねないことを示す1つの兆候と言える。

 アメリカはイラク戦争におよそ1兆ドルの戦費をつぎ込み、4500人近いアメリカ人と10万人のイラク人の命が犠牲になった。だが今もイラクに残る2万人の米軍が年内に撤退した後も、この国の混乱は続きそうだ。

 イラク人指導者は宗派間対立を抑えるどころか、むしろあおっているように見える。ヌーリ・マリキ首相の現政権はここ数週間、中央政府転覆の陰謀に関係した容疑でフセイン政権時代の政権党だったバース党の関係者とされる600人以上を逮捕してきた。

 ただでさえシーア派主体の現政権に懸念を抱いている多くのスンニ派は、この大量逮捕を全面的な「魔女狩り」と見なしている。「極めて暴力的な衝突が起きないか心配だ」と、スンニ派のサレハ・ムトラク副首相は言う。

 それだけではない。宗派間対立が再燃すれば、中東全域で激しい勢力争いを繰り広げているイランやサウジアラビアの介入を招きかねない。両国は米軍撤退後のイラクでの「対決」に備え、既に準備を進めている兆候がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テスラ車販売、3月も欧州主要国で振るわず 第1四半

ビジネス

トランプ氏側近、大半の輸入品に20%程度の関税案 

ビジネス

ECB、インフレ予想通りなら4月に利下げを=フィン

ワールド

米、中国・香港高官に制裁 「国境越えた弾圧」に関与
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中