最新記事

メディア

Newsweekロシア版「廃刊」の真相

報道規制から「美人局」までメディアに対するロシア当局の圧力は強まる一方だ

2010年10月21日(木)15時55分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ(モスクワ支局)

タブーに挑む 権力批判を恐れなかったロシア版は当局との衝突が絶えなかった

 ドイツのメディア企業、アクセル・シュプリンガーは10月18日、傘下のニューズウィーク・ロシア版の廃刊を発表した。米ニューズウィーク誌と提携し、ロシア語で読める媒体として2004年に創刊されたロシア版は、ロシアでは数少ない独立系ニュースメディアの一つ。当局に従順な事なかれ主義のメディアが増え続けている国でこの雑誌が消えるということは、権力批判報道も終わるということだ。

 ニューズウィーク・ロシア版は創刊当時から採算が合わず、廃刊が決まったのも経営上の理由からだった。「純粋に財政問題が原因だ」と、ミハイル・フィッシュマン編集長は言う。

プーチンの「やらせ」を暴露した

 ただし、ロシアではビジネスと政治は無関係ではなく、ロシア版は当局との衝突が絶えなかった。ロシアのエリート層と裁判官の腐敗を皮肉るポスターを作成して大々的な雑誌宣伝キャンペーンを行ったときには、挑発的すぎるとの理由でモスクワの地下鉄がポスターを貼ることを禁じた。あるポスターには操り人形の糸を操る手が描かれており、「ロシアでは司法への信頼が増している」という皮肉たっぷりのコピーが付けられていた。

 プーチンと視聴者が電話で話す討論番組が、実はロシア全域で選出された視聴者によるヤラセだったと暴露したこともある。2005年にクレムリンを牛耳るウラジスラフ・スルコフ大統領府副長官の父親がチェチェン人であることをスクープした際にも、当局の激しい怒りを買った。「ロシア版の何が当局を刺激したかと聞かれたら、『すべてだ』と答える」と、ニュース担当デスクのミハイル・ジガーは言う。

 もっとも、厳しい報道規制が敷かれたプーチン政権時代の大半を通じて、ニューズウィーク・ロシア版は当局の干渉を免れた数少ないメディアの一つだった。ロシア政府のメディア規制は昔も今も、イデオロギーではなく現実的なニーズに基づいている。大雑把にいえば、ノバヤ・ガゼタ誌のような反政府派の紙媒体やエハ・モスクビのようなラジオ局でも、発行部数やリスナーの数が少なければ見逃されている。
 
 もっとも、メディアを攻撃する方法は報道規制だけではない。ロシア版を苦しめた最大の敵は、プーチンを熱烈に支持する官制の愛国主義団体「ナーシ(友軍)」や「若き親衛隊」のような青年組織だ。

 今年4月、若き親衛隊のホームページにロシア版編集長フィッシュマンの隠し撮り動画が掲載された。映像には、セクシーな衣装に身を包んだ女性の隣で、フィッシュマンがコカインを吸っているらしい様子が映っていた。隠しカメラを仕込み、入念に準備された手口は、かつてKGB(ソ連国家保安委員会)が得意とした「美人局」そのものだ。

メドベージェフは「言論の自由」を掲げるが

 当局に批判的なメディアが次々に消えていくなか、存続している媒体への圧力は増す一方だ。ロシア版が廃刊を発表したのと時を同じくして、反体制派メディアの代表的存在であるノバヤ・ガゼタ誌は当局から警告を受けた。あるファシズム系団体に関する調査報道記事が「過激思想」を煽っている、というのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中