対イラン制裁、オバマの切り札はこの男
ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)関連の資産をめぐり米政府がスイスとドイツの銀行に圧力をかけた方法などを参考に、レビーは各国の民間部門を動員することをコンドリーザ・ライス国務長官(当時)に提案した。レビーの法律事務所時代の上司で弁護士のジョン・キャシディーは、「彼は既成概念にとらわれない」と評する。
こうしてレビーは世界中を飛び回り、本人いわく、企業の重役に「イラン(や北朝鮮)とビジネスをするリスク」を説明する仕事を始めた。脅しはしない。マシュー・レビット元財務副次官補によると、基本的に大半の金融機関が、イランと関わって自分たちの評判を傷つけたくないと悟る。
それでも一部の外国企業は言外の脅迫を感じ取る──イランと関われば、世界最大の市場であるアメリカで支店の開設や吸収合併などのビジネスが急に難しくなるかもしれないぞ、と。
金融機関は評判に関するリスクに敏感だ。レビーは彼らに、ウォールストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズなどの新聞でならず者と取引をしていると暴露されたくないだろう、と強調することも忘れない。
従来の制裁は国全体を相手にするが、レビーは特定の対象の違法で欺瞞的な行為に的を絞る。「彼らにとって普通の商行為が極めて困難になる」と、レビーは説明する。「銀行は信用状を発行しない。保険会社は荷物の保険を引き受けない。輸送会社は荷物を運ばない」
ブッシュ政権と同じ?
ただし、強硬策を提唱する人々も、このやり方に大きな障害があることは分かっている。例えば、世界的な石油会社が表向きはイランとの取引をやめると誓っても、ペルシャ湾岸のアラブ諸国企業が仲介して転売することによって、間接的に続けることもできる。「彼らは何十年も経済制裁を迂回してきた」と、強硬策を支持する保守系シンクタンク、民主主義防衛財団のマーク・デュボウィッツ理事長は言う。
圧力をかける戦略がどこまで効果があるかについては、オバマ政権内でも議論があることはレビーも認める。イランでは先の大統領選で敗れたミルホセイン・ムサビ元首相など改革派さえ、低濃縮ウランを国外に搬出するという国際社会の提案に難色を示した。
さらに、ロシアや中国などイランの主な貿易相手国を説得して、制裁に協力させることができるかどうかも鍵となる。ロシアは応じる用意があるとほのめかしているが、中国はエネルギー貿易の混乱を懸念している。
しかしオバマが1年にわたりイランと関与する努力をしてきたことは、イランに対抗する上で、国際社会の合意をかつてないほど深めるかもしれない。
とはいえ、レビーの留任があらためて物語るように、オバマとブッシュの安全保障政策の違いは思われているほど鮮明ではないのかもしれない。レビーは財務省の広々としたオフィス(ブッシュ政権時代と同じ部屋だ)の入り口に立ち、テーブルに飾っている2枚の写真立てを誇らしげに見せた。
1枚は笑顔のレビーが、ブッシュ大統領とヘンリー・ポールソン財務長官、ジョシュア・ボルテン大統領首席補佐官(いずれも当時)と写っている。隣に立て掛けられたもう1枚は、オバマに紹介されるレビーを、ティモシー・ガイトナー財務長官とローレンス・サマーズ国家経済会議委員長が笑顔で見守っている。
両方の写真に共通しているのはスチュアート・レビーだけだ。
[2010年1月13日号掲載]