最新記事
テロ

元日のニューオーリンズで「トラックが群衆に突っ込むテロ攻撃」再浮上するIS思想の影

Self-Radicalized Terrorism

2025年1月6日(月)16時06分
サラ・ハームーチ
元日ニューオーリンズで「トラックが群衆に突っ込むテロ攻撃」生き延びたIS思想が再びアメリカを襲う

Robert P. Alvarez -shutterstock-

<領土を失ってもISの思想は健在か!? ニューオーリンズ大量殺傷事件を生んだのは、「文明の衝突」「社会の二極化」を利用したイスラム過激派のネット扇動>

元日早々、アメリカ南部のルイジアナ州ニューオーリンズで、トラックが群衆に突っ込むテロ攻撃が起きた。忘れるなかれ、アメリカ社会にはイスラム過激派に洗脳された人たちがいて、いつどこで暴走するか分からない。

捜査当局の発表によると、犯人はテキサス州在住の米陸軍退役軍人シャムスディン・ジャバール。元日の未明に観光名所の旧市街フレンチクオーターで新年を祝っていた群衆を襲い、少なくとも15人を死亡、数十人を負傷させた。


ジャバールは警官との銃撃戦で死亡したが、大みそかの投稿動画で過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓っていたとされる。ISやその関連組織に影響された個人が米国内で大きなテロ事件を起こしたのは、2017年にニューヨーク市で8人が死亡した、やはりピックアップトラックによる襲撃以来だ。

かつてISが独自のイスラム法解釈に基づいて中東のシリアやイラクに設立した「カリフ国」は解体されたが、ネット上のプロパガンダは続いており、その影響力を駆使してテロを教唆する能力は依然として大きな脅威だ。

米国内で過激化した米国人兵士というジャバールの特徴は、過去10年間に欧米諸国で発生した同様のローンウルフ(一匹狼)型テロに通じるものがある。ISは欧米社会で世の中に不満を持つ人や心を病む人、思想的に脆弱な人などの孤立した状態に付け込み、暴力の道具にしている。

ジャバールの運転する車は元日の午前3時15分頃、観光地として名高いフレンチクオーターのバーボンストリートで群衆に突っ込んだ。その直後、捜査当局は車内に黒い旗を発見した。ISを含むイスラム過激派の武装勢力が好んで用いる旗だった。

本稿執筆時点でISは犯行声明を出していないが、ジャバールは犯行の数時間前に動画を投稿しており、その中でISへの忠誠を誓っていた。FBI対テロ部門のクリストファー・レイアは1月2日に、犯人はISに「100%触発されていた」と指摘した。

ジャバールは42歳の退役軍人で、過去に過激派グループとのつながりは認められていないという。テロ組織の下部集団にいたわけではなく、自ら過激化したことになる。

newsweekjp20250106055634-6dd475476d0942759ba63ce0b878d8b84e1099ce.jpg

テキサス州から犯行現場に向かう途中でISに忠誠を誓う動画を投稿したジャバール TEXAS DEPARTMENT OF PUBLIC SAFETYーREUTERS

捜査はまだ初期段階だが、ISの指導部から指示された形跡はなく、ISのイデオロギーに共鳴したジャバールが単独で計画を実行したと考えられる。こうしたテロの脅威は分散化しており、予測するのは不可能に近い。

主戦場はデジタル空間

2014~15年に絶頂期だったISはシリアとイラクでかなり広い地域を支配していた。物理的なカリフ国は、アメリカ主導の有志連合によって19年までに解体された。それでもなおISは自ら襲撃事件を起こしたり、今回のようにけしかけるという形で活動を続けている。

カリフ国の崩壊後は、ISのプロパガンダに触発されながらも直接的な命令や支援を受けないローンウルフ型の襲撃が目立つようになってきた。ISは個人をそそのかして恐怖と不安定な雰囲気を生み出し、それによって世界的な影響力を誇示している。

主戦場はデジタル空間だ。巧みな動画で欧米諸国の個人を取り込み、暴力的なメッセージを広め、戦術面の指導もする。そうやって彼らは、中東地域で物理的に敗退したにもかかわらず、世界中で驚異的な存在感を保っている。

今回のような事件は以前にも欧米諸国で散見された。16年のフランス南部ニースでの群衆へのトラック突入、同年の独ベルリンのクリスマス・マーケットへの大型トラック突入、17年の英ロンドン橋での襲撃事件など、いずれもISの呼びかけに呼応した個人が自動車や刃物、銃などの簡単に使える手段で多数の死傷者を出してきた。

こういうテロの形態は低コストであるばかりか、捜査機関に察知されるリスクが少ない。大規模で組織的なテロ計画と違って、長期にわたる準備を必要としないからだ。

ISはプロパガンダを広めるためにネット上のプラットフォームを活用している。主要なSNSの運営会社が過激派コンテンツの削除に多大な努力を払った後でも、ISや国際テロ組織アルカイダなどは暗号化されたメッセージング・サービスやダークウェブのフォーラム、小規模なプラットフォームなどに移行して対応している。

そういうデジタル空間で過激なコンテンツを拡散させ、暴力行為を呼びかけ、支持者の間に世界的な共同体意識を形成する。そんなルートで、ジャバールも過激化していったらしい。押収した携帯電話やパソコンを調べれば、その実態が明らかになるはずだ。

ネット上のプロパガンダで、彼らは宗教的なメッセージに自己啓発や殉教願望の物語を織り交ぜる。ISのプロパガンダは欧米社会で居場所のない個人に目的意識を与え、暴力を精神の充足や抑圧に対する抵抗の形として位置付けることに成功している。

ジャバールの事件でも分かるとおり、感化された人たちはテロ集団の下部組織に属さず、およそ過激派とは無縁な暮らしをしているから、いざ犯行に及ぶまでは誰にも気付かれないことが多い。

ISが目指すのは、単独犯による個別のテロ行為だけではない。欧米諸国でテロをあおり、社会の分断を深め、反イスラム感情を刺激し、政府を挑発して過剰反応を引き出す。そうすれば一段と過激化する人が増え、殉教志願者が増えることも計算している。

こうした暴力と分断のサイクルは、ISを含めたイスラム過激派集団の長期的な目標である欧米社会の不安定化に役立ち、これはイスラムと西洋という異質な文明間の衝突だという主張に一定のリアリティーをもたらす。

今回のような衝撃的事件は、領土を失ってもISの思想は健在だということのアピールにもなる。ISは不屈だというメッセージが伝わり、共鳴する人たちの士気が高まる。

イスラム過激派集団の影響力は中東から遠く離れた場所にまで及んでいる。ISに代表される過激な武装勢力は進化を重ね、状況の変化に適応して生き延びてきた。単独犯によるテロの脅威は、今やどこの国にもある。

The Conversation

Sara Harmouch,Ph.D. candidate in Public Affairs, American University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

20250114issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年1月14日号(1月7日発売)は「中国の宇宙軍拡」特集。軍事・民間で宇宙支配を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、データセンター建設に200億ドル UA

ワールド

メタ、米でファクトチェック廃止 トランプ氏との関係

ワールド

トランプ氏、米沖合の石油・ガス開発禁止撤回へ 大統

ビジネス

米12月ISM非製造業総合指数54.1に上昇、投入
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 2
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 4
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 5
    仮想通貨が「人類の繁栄と自由のカギ」だというペテ…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    レザーパンツで「女性特有の感染症リスク」が増加...…
  • 8
    ウクライナの「禁じ手」の行方は?
  • 9
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 10
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻…
  • 1
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 2
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 3
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵の遺族を待つ運命とは? 手当を受け取るには「秘密保持」が絶対
  • 4
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 5
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 8
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 9
    「これが育児のリアル」疲労困憊の新米ママが見せた…
  • 10
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中