最新記事

対テロ戦争

イエメンはアメリカの次の戦場か

2010年1月7日(木)17時41分
マーク・リンチ(米ジョージ・ワシントン大学准教授〔政治学〕)

 それ以来、イエメンの政治システムの状況は悪化の一途をたどっている。汚職がさらに増え、人権侵害や政治的抑圧もはびこっている。治安部隊の横暴はシーア派の反政府勢力による反乱の発生および長期化を招いた。

 誠実で合法的なイエメン政府の支配地域を広げるために連携すると言えば聞こえはいいかもしれないが、そんなことはありえない。アフガニスタンのハミド・カルザイ大統領が好きという人なら、サレハのことは大好きになるかもしれないが......。

 サレハ政権はシーア派の反乱対策に(アルカイダ対策以上に)力を入れてきた。南部の分離独立派の鎮圧にも、そしてサレハを何としても政権の座に居座らせることにも努めてきた。

 イエメン政府はもちろん、敵である反乱勢力の掃討をアメリカや国際社会が支援し、カネを出してくれれば歓迎するだろう。だからといってイエメン政府がアメリカや国際社会の望む通りに動いてくれると期待するのは大間違いだ。

 平和や安定をもたらすための役割をサウジアラビアに任せてはどうかとの声もあるが、これも間違っている。サウジアラビアはこれまでもイエメンに介入してきたが、まるでうまくいっていない。

 イエメン人はサウジアラビアに対して深い不信感を持っている。サウジアラビアが先ごろ、イエメン北部のシーア派武装勢力に攻撃を加えたことはアラブ世界のメディアで大きく取り上げられたが、世論の反応は芳しくなかった。

 おまけにサウジアラビアにとって、AQAP打倒は言われなくても国益にかなう。03年以降、サウジアラビアは国内のAQAPの勢力への攻勢を強め、メンバーの多くはイエメンに逃れて組織を立て直した。さらなるサウジの介入は大きな災いの元になりかねない。

これまで通り冷静に対処すべし

 また、軍事的な対処は問題解決につながらず、開発援助を増やすほうが大切だと指摘する声もある。開発援助は悪くないし、基本的に筆者はこの種の全政府的な支援と関与に賛成だ。

 だがイエメンは世界で最も開発が遅れた地域のひとつであり、不毛の地が広がっている。政府の支配が浸透している地域は非常に限られている。

 おまけにどうしようもないほど汚職がはびこっている。イエメン政府に開発援助を行なったところで、すでに資金が潤沢なプロジェクトにさらにつぎ込まれるか、無駄使いされるかどちらかだ。

 ではアメリカはどうすべきなのか。過剰反応も反応しなさ過ぎるのもよくない。これまで通り忍耐強く、情報とテロ対策を積み上げ、一般市民の被害が最小限に抑えられ、最大の効果が得られる場合に限ってアルカイダの拠点を叩き、地元の協力者を探していくべきだ。

 アメリカ政府が陥ってはならない落とし穴とは、「何らかの行動」を取ることで右派からの政治的な批判をかわそうとした挙げ句、やりすぎたり、状況をかえって悪くするような対応を取ってしまうことだ。


Reprinted with permission from Marc Lynch's blog, 07/01/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中