最新記事

アジア経済

インドネシア経済を立て直した女

たくましく変身した経済は世界金融危機にも動じず成長へ。抵抗勢力も恐れない鉄の女ムルヤニ財務相の手腕

2009年7月6日(月)15時54分
ソレン・オノリーヌ、ジョージ・ウェアフリッツ(アジア経済担当)

目標は1つ 国民に政府を信用してもらうことが重要と言うムルヤニ財務相 Supri-Reuters

 08年12月、ある種の金融津波がインドネシアを襲った。例の世界的信用収縮の波ではない。インドネシア政府が国民や企業に対し、今後きちんと納税すれば過去の脱税は罪に問わないという新政策を打ち出したため、国庫に納税者のお金が押し寄せたのだ。

 税収が正確にどれだけ増えたかはまだ不明だが、エコノミストは年間で50%以上は増えたと予想する。「これまで税務上存在もしていなかった納税者や過去の過ちを正したい納税者からの歳入が飛躍的に増大した」と、この政策の発案者であるスリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相は言う。

 この税収増はスシロ・バンバン・ユドヨノ政権、とくにムルヤニの大きな手柄だ。この国では、98年まで32年間続いたスハルト独裁政権の間に縁故資本主義がはびこった。ムルヤニは閣僚としてユドヨノ政権に参画した4年前から、そうした金融構造の解体を推し進め、金融秩序を取り戻した。

 また政府と民間双方の債務を削減し、財政赤字の元凶だった燃料補助金の削減を強行し、税関と税務当局の改革を行うなどして、インドネシアを世界の新興国のなかでも有数の成長経済に押し上げた。

緊縮財政でも高い成長率

 インドネシア財政の健全さは今や、途上国の垂涎の的だ。ムルヤニも模範的な金融当局者として称賛されている。「彼女なら世界のどの国の財務相でも務まる」と、インドネシアのコンサルティング会社キャッスルアジアの創業者ジェームズ・キャッスルは言う。

 10年前には100%を超えていた政府債務の対GDP(国内総生産)比率は、今では30%。企業の借金も、アジアの他の国の企業と比べればはるかに少ない。財政は緊縮ぎみだが、天然資源の輸出や約2億4000万の人口がもたらす個人消費が成長を牽引する。経済は、商品価格の急落や世界的な信用収縮という外的ショックにも動じていないようだ(エネルギーは輸入に依存しているため、原油価格の下落はむしろ追い風だ)。

 主な新興国のうち、09年に4%以上の成長を遂げる見通しの国は、インドネシアを含めて3カ国。だが、他の2カ国の中国とインドはここ数カ月で急減速し、政策的にもインドネシアよりむずかしい選択を迫られている。インドネシアは今年、最大5.5%の成長を達成できるかもしれないと、ムルヤニは言う。昨年の6%をわずかに下回るだけで、今年はインドか中国のどちらかを抜く可能性もある。

子供の留学は腐敗の証拠

 アジア通貨危機をきっかけに98年には国家の危機に瀕し、1年で13%のマイナス成長を記録した国とはとても思えない。世界銀行のシニアエコノミスト、ウォルフガング・フェングラーは、インドネシアのマクロ経済運営は「これ以上ないほど上出来だ」と言う。

 ユドヨノ大統領の下には優秀な経済閣僚が多い。だが、断固たる姿勢という点でムルヤニは別格だ。彼女のスタッフは、「多くの苦い現実を直視しなければならなかった」と、ムルヤニは言う。着任直後、彼女は幹部職員に正面から挑んだ。「安い給料なのに息子や娘を留学させられるのはなぜ。そのお金はどこから出たの。皆が罪を犯してきたことを認めよう」

 政府内で対立したこともある。昨年、ムルヤニは燃料補助金の削減を強行した。燃料価格が上がるため国民の反発は強く、ユドヨノも最初は反対した。「思いどおりにできたのは、彼女が政治にもたけているからだ」と、ジャカルタのダナモン銀行のチーフエコノミスト、アントン・グナワンは言う。

 彼女はまた公務員の給料を上げ、過去に生活のために賄賂を受け取った職員を悪者扱いしないことで職場の士気を高め、腐敗に負けない改革者として名を上げた。部下に対するムルヤニのメッセージは単純かつ前向きだ。「私の目標は一つ。国民にわれわれを信用してもらうこと。もし人々が政府を信用できないようなら、この国はどうにもならないからだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB幹部、EUの経済結束呼びかけ 「対トランプ」

ビジネス

ECBの12月利下げ幅巡る議論待つべき=独連銀総裁

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中