訴訟リスクを恐れて、母体を犠牲にしてでも処置に二の足を踏むアメリカ
‘CHILLING EFFECT’ OF ABORTION LAWS
これに先立ち、連邦政府は全米の病院にも通達を出し、医療的に緊急を要する状態の患者に対して妊娠中絶術を拒めば、たとえ州法がそうした手術を禁じている場合でも、連邦レベルの「救急医療措置および陣痛法」違反になると警告している。
またウィスコンシン州の知事(民主党)は先に、憲法解釈の変更に伴う医療の在り方を議論するための特別議会を招集した。しかし共和党の牛耳る州議会は、まともな審議なしで特別議会を閉会させてしまった。
同州の検事総長(民主党)は、中絶手術を行った医師を訴追することはないと約束し、知事も恩赦を約束している。それでも州内の中絶クリニックが営業を再開する気配はない。11月の選挙で共和党の検事総長が選ばれた場合、自分たちが訴えられる可能性を認識しているからだ。
中絶を女性の権利と認める判断が覆された瞬間から、いかなる中絶手術を行った医師も将来的に訴えられ、責任を問われる可能性が生じている。
ワシントン大学産婦人科の准教授で臨床医でもあるサラ・プレイガーは、シアトルにある自身の診療所に数カ月前から、テキサス州などに住む患者が数多くやって来ると語る。いずれの患者も緊急に中絶を必要としているが、地元では1カ月以上待たされることが多いからだ。
たいていの患者は、プレイガーの見立てでは「深刻な状態」にある。だがテキサス州の医師だったら、まだ「十分に深刻」ではないと判断するかもしれない。
例えば、あるテキサス州在住の女性は妊娠中期で、病気のために母体も胎児も命の危険にさらされていた。しかしテキサス州の担当医は中絶反対派から訴えられるのを恐れて、彼女の症状がもっと重くなるか、あるいは胎児の心拍が止まらない限り、中絶はできないと言ったという。
産婦人科の医師がいない
もともと、地方部では産科医が不足している。ACOGの2017年の調査時点で、米国内の郡部の49%には産科医が1人もおらず、そうした地域に暮らす1000万人以上の女性が産婦人科の診察を受けられない状態にあった。
共和党の支配する州では、産婦人科の研修医の受け入れも困難になる。中絶を認めている州の病院なら得られるであろう臨床経験を提供できないからだ。
研修医の正規プログラムは全国で286施設にあるが、その45%は妊娠中絶の禁止が確実、あるいはその可能性が高い州にある。言うまでもないが、若い研修医が来なければ病院は人手不足に陥り、そういう州は医療過疎地になる。