訴訟リスクを恐れて、母体を犠牲にしてでも処置に二の足を踏むアメリカ
‘CHILLING EFFECT’ OF ABORTION LAWS
テキサス州で最古・最大の中絶反対団体「テキサス・ライト・トゥ・ライフ」のレベッカ・パーマが本誌に語ったところによれば、母体を救うためなら帝王切開や誘発分娩を選択すればよく、たとえ早期産前期破水であっても中絶は「生まれる前の子を積極的かつ意図的に殺す」ことになるから違法だという。
法律の常として、解釈は微妙で、簡単には答えが出ない。だが医療の現場、とりわけ救急医療では迅速な判断が求められる。いちいち病院内の法律部門に問い合わせたり、弁護士に相談したりする暇はない。
患者の命より訴訟リスク
どうしても医学的な介入によって妊娠を途絶する必要がある場合でも、民事訴訟のリスクを回避するために医師が通常とは異なる、そして母体にとってリスクの大きい選択をする可能性もある。
現に、妊娠15週を過ぎた時期に胎児を摘出する必要が生じた場合、その施術が「妊娠中絶」と解釈されるのを防ぐため、あえて子宮切開を選ぶ医師がいる。普通なら子宮内膜症や子宮癌の場合にしか行わない処置で、標準的な中絶術に比べると母体への負担は大きいが、中絶ではないと弁明できるからだ。
またテキサスでは、いわゆる「減胎手術」の扱いをやめる病院が続出している。双子などの一方に深刻な疾患が認められ、排除しないと残りの胎児も危ない場合などに、健康な胎児の命を守るために行う手術だ。
しかしこれも、州の中絶禁止法に触れる可能性がある。病院は訴訟リスクや中絶反対派のデモを避けたいから、予防線を張るわけだ。他州の状況はまだ流動的だが、現場の医師からは懸念の声が寄せられている。
ACOGウィスコンシン州支部の副会長エイミー・ドーマイヤーによれば、「ロー対ウェード」判決が覆されて以降、同州では多くの薬剤師が法的責任を問われることを恐れて、不全流産の薬である「ミソプロストール」の提供を断っている。中絶誘発薬としても使われる薬だからだ。関節リウマチの治療薬として知られるメトトレキサートも、やはり中絶薬として処方されることがあるため、敬遠されている。
現場の混乱を憂慮する連邦政府は、全国6万以上の薬局にガイドラインを送付した(現在、政府を仕切るのは民主党で、「ロー対ウェード」判決を維持したい立場だ)。不全流産の女性に処方された薬剤の提供を拒む場合、薬剤師は連邦法違反に問われる可能性があると警告した。