パリに開店した3ツ星シェフの「無料レストラン」にボランティアとして潜入したら...
18時半、開店と同時に店内はすでに満席になっていた。筆者が担当したテーブルには、常連客が多かった。ゲストは相席で座り、政治について熱い議論を展開したり、冗談を言って楽しそうに笑う声が響いた。街角のレストランと何一つ変わらない「アットホーム」な雰囲気だ。
ウエイターは常連ゲストを名前で覚えている。前述のボランティア参加者の大学教授はゲストの食べ終わった皿を下げながら名前を呼びかけ、「今日はご機嫌いかがですか」と温かい笑顔で挨拶をする。
閉店も近づいた20時頃、去り際にゲストたちが「有難う」とボランティアひとりひとりに感謝を告げた。あるボランティア参加者は、ゲストが去っていく姿を見て「彼らは皆ここにいる瞬間、パリの冬の寒々しい現実を忘れることができる」と語った。
美味しくなるよう工夫してつくられた料理を食べ、笑顔で誰かが料理を提供してくれ、オシャレなレストランの温かい室内で仲間と食事をする――。
そのうえ、筆者が一番印象深かったことは、レストラン内には壁がなく、誰もが心と心でコミュニケーションができる空間だったことだ。もちろんボランティア間でも「壁」はない。サービス終了後はボランティア同士でテーブルを囲みながら、20代の学生が大学教授と政治について議論するなど、ボーダーレスな空間を楽しんでいた。
様々な国籍、職種、年齢層のボランティア参加者たち。(Photo: Jason Segal)
「東京オリンピックで、東京の社会問題に取り組みたい」
「レフェットリオ」は現在イタリアのモデナ、ナポリ、ミラノ、ロンドン、リオ・デジャネイロなどで展開されている。さらに2016年のリオ五輪ではマッシモ・ボットゥーラ氏は、ブラジル人シェフ、ダビッド・ハーツ氏と組み、選手村の余った食材をホームレスや恵まれない人たちに調理して食事を提供した。
この活動は「ソーシャル・ガストロノミー・ムーブメント」の一環だ。ソーシャル・ガストロノミー・ムーブメントとは「食を通して社会問題に取り組む運動」で、前述のブラジル人シェフ、ダビッド・ハーツ氏が共同創設した。
同活動のコーディネーターを務めるシャルロット・ショス氏は、2020年開催予定の東京五輪で、食を通して東京の社会問題に取り組むパートナーを募集しているという。
「ソーシャル・ガストロノミー・ムーブメント」のシャルロット氏。東京五輪に備え、日本語を勉強中。(Photo: Ayana Nishikawa)
シャルロット氏は、今後の目標をこう語る。「これまで世界各国の刑務所、貧困層、難民などの職業支援や食育などをしてきた。今後も各地のシェフやパートナーと組んで、社会問題に取り組んでいきたい」
「また、もう一つの目標が『境界線のないコミュニティー』を広げること。私たちの活動では、3ツ星シェフもホームレスも平等だ。以前活動に参加して路上生活者に食事を作ったミシュラン3ツ星シェフのアラン・デュカス氏は、自身のレストランの客層とは異なる人たちの舌を満足させることに、とても緊張していた。一方、ホームレスなどのゲストも、美味しくなければ正直に意見を言う。
そういった『食』を通して、人間が対等に接することができる環境は特別だ。社会問題に取り組みながら、すべての人が『心のつながり』を楽しめる空間を広めていきたい」
社会的地位で「壁」をつくらず、人がそれぞれの視点でお互いの意見交換をすること――。それが「自尊心」を持つことに繋がり、少しでも貧困層の社会復帰に繋がるのかもしれない。
〔取材協力〕
ソーシャル・ガストロノミー・ムーブメント
食を通して社会の不平等、食育の向上、食糧廃棄の減少、職業支援を目指す運動。ブラジル人シェフ、ダビッド・ハーツ氏が2018年に共同創設。
[執筆者]
西川彩奈
フランス在住ジャーナリスト。1988年、大阪生まれ。2014年よりフランスを拠点に、欧州社会のレポートやインタビュー記事の執筆活動に携わる。過去には、アラブ首長国連邦とイタリアに在住した経験があり、中東、欧州の各地を旅して現地社会への知見を深めることが趣味。女性のキャリアなどについて、女性誌『コスモポリタン』などに寄稿。パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、ヨーロッパの難民問題に関する取材プロジェクトなども行う。日仏プレス協会(Association de Presse France-Japon)のメンバー。Ayana.nishikawa@gmail.com