世界が絶賛するソリスト、田中彩子に学ぶ「世界で輝く」秘訣
ウィーン在住、コロラトゥーラ・ソプラノ歌手の田中彩子氏 Photo:J-Two
<「人生の中でそう聴けることのない素晴らしい声」と称賛を受ける、ウィーン在住コロラトゥーラ・ソプラノ歌手の田中彩子氏。10代から「音楽の都」で闘ってきた彼女に、「世界で勝つ」ための秘訣を聞いた>
8月下旬のパリ、ルーブル美術館の敷地内で開催されたコンサート。プレゼンターを務めた作家、辻仁成氏に「本当に素晴らしい声の持ち主」と紹介されて登場したのが、オーストリア・ウィーン在住のコロラトゥーラ・ソプラノ歌手の田中彩子氏だ。コロラトゥーラとは、一般的なソプラノと比べると楽器のような音色や鳥の鳴き声に近く、高音域を得意とする種類の声のこと。そんな彼女の華麗な歌声がルーブルの一室で響き渡り、観客からは厚い拍手が沸き起こった。今回「ニューズウィーク日本版 for WOMAN」は、パリで田中氏に話を伺った。
歌の技術がほぼゼロの状態からクラシック音楽の都ウィーンに単身渡り、精神的にも金銭的にも厳しい状況を乗り越え、栄光を掴んだ彼女の道のりとは?
歌を始めたきっかけは「不幸中の幸い」
田中彩子は、ピアニストを目指し3歳から練習を続けてきた。しかし、若くして方向転換を強いられる。高校時代に、手が小さく一オクターブに届かず、ピアノの道を諦めることになったのだ。音楽以外の道を考えられなかった田中が選んだのが、楽器がなくてもすぐに試せる「歌」だった。不幸中の幸い、歌の先生に「高い音まで出せる珍しい声」と褒められ、そのまま歌の道に進んだ。
その半年後、先生の誘いで音大生に混じり、ついて行った研修旅行先のウィーンにて現地オペラ歌手のレッスンを受けた際に「本気でヨーロッパでオペラ歌手になりたいのなら、今すぐウィーンに来なさい。あなたにはその可能性がある」と留学を薦められる。導かれるように田中はウィーンに渡った。
ウィーンに着くと、目から見える情景、音、空気――、クラシック音楽を生んだ風景を目の当たりにし、受けた衝撃は今でも忘れられないという。
ウィーンで感じた「どん底」と、成功
圧巻の歌声に、客席はスタンディングオベーションで喝采が
こうしてウィーンで生活を始めた田中は、日々レッスンを重ねていた。しかし、すべてが新鮮だった2、3年目が過ぎ、4年目に差し掛かった頃、「どん底」に陥ったという。
「今までで、一番不安定な時期でした。日本の友達はみんな就職していくなか、自分は紙に書けるものが何もないという焦燥感。今まで4年間ウィーンでやってきたことは、目に見える成果がない。両親には4年間だけ金銭面でサポートを受けていたけれど、それが終わったら、自分は今、ウィーンで生きていけるのだろうかという不安。ビザにおいても、許可がなければ自分はここにいられない存在という事実を、排他的に感じてしまって。ホームシックも重なり、精神的に疲労困憊していました」
精神と声は直結している。時を同じくして、欧州で闘っていく上で田中の唯一の武器であった、高い声が出なくなってしまった。
そこで田中は、小さな頃に見た「魔女の宅急便」のある一場面を思い出した。魔女として一番の特技である「飛ぶこと」ができなくなった主人公キキが、飛ぶことをやめたシーンだ。