米医療保険、もう1つのヤバイ話
勤め先の医療保険に加入している人たちが本当に恐れるべきは、オバマ改革による待遇悪化ではなく、会社のコスト削減に伴う負担増だ
見当違い? オバマの医療保険改革により既得権を奪われることを恐れる人は多いが……(9月12日、ワシントンの抗議活動) Mike Theiler-Reuters
アメリカの医療保険改革論議で当然の前提と見なされていることが1つある。それは、既に医療保険に加入している人たちが現状におおむねに満足していて、改革によって既得権を奪われることを恐れている――という点だ。
実際、いま雇用主を通じて医療保険に加入しているアメリカ人の多くは、(さまざまな欠陥があることは重々承知だが)今の仕組みがベストだと考えている。
そこで、医療保険改革の実現を目指すバラク・オバマ大統領は9月9日の議会演説でそうした人々の不安を取り除こうとした。「雇用主を通じて、あるいはメディケア(高齢者医療保険制度)やメディケイド(低所得者医療保険制度)、退役軍人向けの医療保険制度を通じて医療保険に既に加入している人は、この改革案によって何も変わりません......もう1度言います。改革案は、みなさんに現状を変えることを要求するものではありません」
この言葉に間違いはない。しかし、オバマの医療保険改革が現状を変えなくても、経済情勢の影響は免れない。雇用主を通じて医療保険に加入していた人の多くが保険を失い始めている。そこまでいかなくても、自分の医療保険に対してこれまでほど満足できなくなる人は多いかもしれない。
医療保険は既に「準国営」状態
米国勢調査局の最新の報告書は興味深いデータが満載だ(例えば08年の世帯所得の中央値は98年の水準より低いという)。中でも一番注目すべきなのは、オバマの医療保険改革が成立しようとしまいと、アメリカの医療の「国営化」がじわじわと進んでいるという点だろう。
この報告書によると、メディケアとメディケイドの加入者の合計は、07年には8100万人だったのが、08年には8560万人に増加。これに退役軍人向けの医療保険を加えると、税金による医療保険の対象者は約8740万人に達する。
雇用主を通じて医療保険に加入している人の中には、連邦政府と地方政府の職員も多数含まれる(8月のデータによれば、政府はアメリカの全雇用の約17%を占めている)。こうした人たちも合わせて考えれば、既に公的医療保険の対象になっている人の数はさらに増える。
2000年以降、政府から直接医療保険の提供を受けている人の割合は24.7%から29%に上昇。一方、雇用主を通じて医療保険に加入している人の割合は64.2%から58.5%に減った。
しかも、雇用主を通じた医療保険とひと口に言っても、その実態はさまざまだ。金融大手ゴールドマン・サックスの幹部であれば、極めて充実した内容の医療保険に加入できて、その費用も会社が負担してくれる(会社の負担は4万ドルに上る場合もある)。
一方、自然食品スーパーマーケットチェーン、ホールフーズの店員であれば、保険料が低い代わりに、医療を受けたときに高額の自己負担金を支払うタイプの保険を提供される。これは、いざというときに医療費に回せる蓄えがたっぷりあり、しかもあまり病院に掛からない人には都合のいい制度だが、そうでない人にとっては決して有利な仕組みでない。