最新記事
アップル

「ビジョン・プロ」はアップルにとって賭け...「多く残る疑問」とは?

Apple’s Future Vision

2023年6月13日(火)13時20分
パナギオティス・リッツォス(英バンガー大学上級講師)、ピーター・ブッチャー(同大学講師)
アップル「ビジョン・プロ」

左右それぞれが「4Kテレビ」以上のピクセル数を持つというディスプレイや、装着者の目を表示できる機能などを誇るアップルのビジョン・プロ COURTESY OF APPLE

<ついに発表したVR/ARヘッドセット「ビジョン・プロ」のすごさと思惑を解析すれば>

アップルがヘッドマウントディスプレイ(HMD)に参入し、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、MR(複合現実)の世界に乗り出した。

【動画】アップル「ビジョン・プロ」と「メタクエスト」はどう違う?

6月5~9日に開催した年次イベント、アップル世界開発者会議(WWDC)で発表されたヘッドセット「ビジョン・プロ」は、単なるディスプレイでしかない普通のHMDとは違う。むしろ、頭にコンピューターそのものを装着する感じに近い。

この分野のテクノロジーに取り組む多くの者にとって、希望を与えてくれる新製品だ。iPhoneやiPadやアップルウオッチが、スマートフォンやタブレット型端末、腕時計型のウエアラブル端末を普及させたのと同じことが、ビジョン・プロで実現するのではないか......。

とはいえ、この新たなヘッドセットは具体的にどんなもので、一般の人々にどこまでアピールできるのだろう?

VRのユーザーは、コンピューターがつくり上げた世界に没入し、身の回りの物理的環境から大部分切り離される。一方、ARの狙いは周囲の現実の在り方を強化すること。周囲の世界が常に見えている状態のまま、そこにコンピューターが生成した要素が重ね合わされる。

ARと同義の用語として使われがちなMRは、ARを含む一連の没入型技術のことで、現実世界と仮想世界の「ミックス」をさまざまな形で提供する。これら3つは「XR」と総称されることが多い。

アップルのコンセプトにおいては、VRとARの混合が重要なカギになっているようだ。ビジョン・プロでは、現実世界を視覚化したいレベルに応じて、没入度を調整できる。2種類の体験を行き来するスタイルは、これからのHMDのトレンドになるだろう。

230620p34_APL_02.jpg

アップルらしいデザインも目を引く LOREN ELLIOTTーREUTERS

ビジョン・プロの「目」は、スキーゴーグルのような形状のディスプレイに搭載された12個のカメラだ。「アイサイト」機能を使い、VRモードの最中に、現実世界で誰かが接近してきたときは自動的に検知し、その人物の姿を画面内に表示する。

ゴーグルに装着者の目を映し出すこともできるため、周囲とのやりとりがより自然になる。これらは、多くのHMDの課題になっていた点だ。

技術仕様も素晴らしい。「M2」とは別に搭載される「R1」チップを組み合わせて使用している。

M2は、コンピュータービジョンアルゴリズムやCG生成のほか、世界初の空間OS(基本ソフト)という「ビジョンOS」の動作を担う。R1はカメラや複数のマイク、ライダースキャナー(レーザー光を用いて物体との距離を計測する)から送られる情報を処理し、ヘッドセットに周囲の環境を認識させる。

さらに、表示パネルのピクセル数は「左右それぞれが4Kテレビ以上」。装着者の目の動きをトラッキングする機能のおかげで、視線を向けるだけでアプリを開ける。身ぶり・音声コマンド操作も可能で、「空間オーディオ」という360度サウンドを装備。バッテリー駆動時間は2時間だという。

高まる期待と残る疑問

アルミニウムとガラスを用いたアップルらしいデザインと、数々のプレミアム機能を備えたビジョン・プロは価格3499ドルと高額。だがアップルには、ユーザーの周囲の現実を感知する能力を、多方面に拡大させる製品を開発し続けてきた歴史がある。

アップル製品同士の相互運用性にも力を入れ、ウエアラブルな「エコシステム(生態系)」をつくり上げている。だからこそ、ビジョン・プロは破壊的な存在になりそうだ。

今もアップルのエコシステムの根幹であるiPhone、およびアップルウオッチとビジョン・プロを組み合わせれば、ARの新たな在り方を生み出す一歩になるだろう。同様に、数多くのプログラミングツールとリンクさせている事実は、既存のARアプリ開発者コミュニティーを活用したいという願望の表れだ。

ただし、疑問は多く残る。ウェブブラウザ経由でMRアプリにアクセスできるのか。人間工学的に見て、使用感はどうなのか。「プロ」向けでないバージョンが登場するのかも明らかではない。

ビジョン・プロはアップルにとって賭けだ。XRは「かけ声倒れ」の技術と見なされがち。それでもアップルと、XR分野の主な競合相手であるメタやマイクロソフトには、一般の人々にXRを浸透させるに足る影響力がある。

さらに重要な点は、ビジョン・プロのようなデバイスと、そのエコシステムや競合製品によってメタバースが発展していく可能性があることだ。従来のデバイスより自然な交流ができる仮想空間が生まれるかもしれない。

ビジョン・プロを装着したユーザーは、居間でスキューバダイビングしているみたいだ──そう批判する人もいるだろう。だが今や、XRの世界に深く潜り込むチャンスがようやく訪れたようだ。

The Conversation

Panagiotis Ritsos, Senior Lecturer in Visualisation, Bangor University and Peter Butcher, Lecturer in Human Computer Interaction, Bangor University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

カルチャー
手塚治虫「火の鳥」展 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な

ビジネス

トランプ関税、「コロナ禍規模の衝撃」なら物価懸念=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中