「量子もつれ顕微鏡」が「見ることができない」構造を明らかにする
量子もつれ顕微鏡のイメージ The University of Queensland
<豪クイーズランド大学と独ロストック大学の共同研究チームは、「量子もつれ」光子を用いて、従来見ることができなかった生物学的構造を明らかにする新たな顕微鏡の開発に成功した>
「量子もつれ」とは、2個以上の粒子が古典力学では説明できない異常な相関関係にある状態をさす。コンピューティングや通信、センシングなど、様々な領域でその活用が見込まれており、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)によると、2040年までに世界全体で860億豪ドル(約7兆3100億円)規模の産業になると予測されている。
「量子もつれ」光子を用いた顕微鏡
豪クイーズランド大学と独ロストック大学の共同研究チームは、「量子もつれ」光子を用いて、従来見ることができなかった生物学的構造を明らかにする新たな顕微鏡の開発に成功した。その研究成果は、2021年6月9日、学術雑誌「ネイチャー」で公開されている。
既存のレーザー顕微鏡は、ヒトの髪の毛の太さの1万分の1のレベルまで細密に観察できるが、太陽光の何十億倍も明るいレーザーを用いるため、ヒト細胞のように壊れやすい生体試料に損傷を与えてしまう。
そこで研究チームは、「量子もつれ」の特性を活用することでこの課題を解消しようと考えた。従来の顕微鏡では、写像性を改善するためにレーザー強度を上げてノイズを減らすが、レーザーを構成する光子の「量子もつれ」を用いることで、レーザー強度を上げることなくノイズを減少できる。
生体試料を損傷せず観察できる
研究チームは、数十億分の1秒の長さのレーザーパルスに光子を集中させることによって、従来用いられてきたものよりも1兆倍明るい「量子もつれ」を生成した。この「量子もつれ」レーザー光を顕微鏡に用いると、生体試料に損傷をもたらすことなく、写像性が35%改善し、感度が14%向上したという。
この「量子もつれ顕微鏡」と従来の顕微鏡で酵母細胞での分子の振動を実際に観察したところ、「量子もつれ顕微鏡」のほうが、細胞内で脂肪が蓄積している領域や細胞壁をより鮮明に捉えた。
研究論文の責任著者でクイーンズランド大学のワーウィック・ボーエン教授は、この「量子もつれ顕微鏡」がもたらす利点について「生体系のさらなる解明や診断技術の改善に大いに役立つ」と期待を寄せている。