グーグル「シカモア」、中国「九章」 量子コンピューターの最前線を追う
A QUANTUM LEAP
しかし、マーティニスは過剰な楽観論を抱いてはいない。現在進行中の十数件のプロジェクトのうち「うまくいくのは、せいぜい1件か2件」だと予想している。「量子コンピューターを作るのは本当に難しい。一般のイメージ以上に難しい」
量子コンピューターを作るには、莫大な資金が必要だ。グーグルの量子コンピューター部門を率いるハートマット・ネブンが2020年1月に戦略国際問題研究所(CSIS)で行った講演によると、エラー訂正ができる量子コンピューターを作るためには30億ドル以上かかるという。
現時点でグーグルはプロジェクトをやり遂げると約束しているが、会社の方針が変わって、量子コンピューター開発の優先順位が下がれば、その約束が守られる保証はない。
そこで、アメリカが世界の先頭を走り続けるためには「政府が巨大な購買力を活用し、早期にリスクを伴う行動に踏み出した企業に報いる必要がある」と、ネブンは語った。
別の暗号システムの追求も
「九章」には不十分な点も多いが、このプロジェクトにより、中国の強力なイノベーション能力が実証されたことは間違いない。
ネブンはこう述べている。「私たちが恐れているのは......開発競争でアメリカが未知の中国企業に敗れることだ。中国は、戦略的に重要と見なした分野に途方もない資源を投入できる」
中国の野心が膨らむ一方で、アメリカの意欲が減退したように見えると、CNASのエルサ・カニア上級研究員は言う。
「市場に全てを委ねておけば十分で、政府が首を突っ込む必要はない、という発想が根を張り、それがイデオロギーのようになっている。科学や教育に投資することへの反発も強い。本来は、たとえ中国が量子科学の研究を推進していなくても、アメリカは基礎科学にもっと投資して......未来の人材を育成しなくてはならない」
アメリカで量子コンピューター研究にどのくらいの資金が投じられているかは、はっきり分からない。研究開発支出に占める政府の割合は以前より低下しているが、「民間部門を含めれば、アメリカの研究開発支出は世界のどの国よりも多い」と、CSISの国防予算分析部門の責任者トッド・ハリソンは言う。
ただし、民間企業の研究に基礎研究はあまり含まれていない(長期的に見て最も大きな恩恵をもたらすのは、しばしば基礎研究なのだが)。
結局、量子コンピューター研究でも、軍が中心的な役割を担うことになるのかもしれない。軍は、これまでもインターネットなどの画期的なテクノロジーを生み出してきた。
機密扱いではない研究開発への軍の資金拠出はおおむね減っていないと、ハリソンは言う。国防総省はそのほかに、機密扱いの量子コンピューター研究にも資金を投じている可能性が高い。
ワシントン・ポスト紙は、元国家安全保障局(NSA)職員のエドワード・スノーデンによる内部告発に基づいて、NSAが「暗号面で有益な量子コンピューター」の開発に約8000万ドルを費やしていると報じている。