最新記事

高齢化

健康寿命の延伸とは──マイナス面への配慮も必要

2020年12月14日(月)18時15分
三原 岳(ニッセイ基礎研究所)

「健康寿命」重視の姿勢は、健康でない人が社会から排除されるリスクもはらむ byryo-iStock.

<従来の平均寿命は必ずしも高齢者の生活の質を反映していないという理由から健康寿命という指標が使われ始めたが、障害のある人の生きにくさを助長する危険性などにも留意すべきだ>

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年12月8日付)からの転載です。

人口の高齢化が進む中、「健康寿命」を伸ばす必要性が論じられている。健康寿命とは一般的に「医療・介護が必要のない状態」を指しており、平均寿命だけでは、高齢者の生活・健康状態や生活の質(QOL)を把握しにくいため、こうした指標が用いられるようになった。

しかし、健康寿命の延伸政策には様々な批判も付きまとう。本稿では、健康寿命の延伸が注目される背景を探るとともに、そのマイナス面も指摘する。

健康寿命とは何か

健康寿命には様々な定義、計算方法が存在するが、政府が公表している定義では「日常生活に制限のない期間の平均」としており、一般的に「医療・介護が必要のない状態」と言える。

平均寿命と健康寿命の差は図表の通りであり、男性で7~8年、女性で12~14年の差が生まれていることが分かる。

Nissei201211_health.jpg

こうした健康寿命が注目されるようになったのは、厚生省(当時)が2000年に決定した「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」で健康寿命の延伸をうたった辺りにさかのぼる。近年では2019年に閣議決定された骨太方針で「人生100年時代」を見据えた対応策として健康寿命の延伸を掲げつつ、その意義として、▽個人のQOLを向上し、将来不安を解消、健康寿命を延ばし、健康に働く人を増やすことで、社会保障の「担い手」を拡大、▽社会保障制度の持続可能性確保──といった点を挙げた。

さらに、毎年6月頃に閣議決定されている過去の骨太方針では、「健康関連分野における多様な潜在需要を顕在化」(2014年)といった文言が入っており、ヘルスケア関連産業の育成という意図も込められていた。

厚生労働省が2019年に定めた「健康寿命延伸プラン」でも、2016 年で男性72.14 年、女性74.79 年とされる健康寿命を2040年までに男女ともに3年以上引き上げる目標を掲げつつ、2025年までの施策について工程表が示された。

健康寿命政策の疑問点

しかし、健康寿命延伸政策には疑問点もある。まず、健康づくりがマクロの医療費抑制に繋がることを実証した研究が少ない点である。例えば、医療の実証研究が蓄積されているアメリカでは、健康の改善だけでなく、費用抑制効果もある医療行為は少ないとされている*1。

第2に、「健康」になることを強調し過ぎるマイナス面である。例えば、健康寿命延伸の目的として、「費用抑制」を前面に掲げると、病気や障害のある人が「費用が掛かる人」と見なされてしまい、生きにくさを感じる危険性である。

────────────────
*1 津川友介(2020)『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』医学書院。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは149円後半へ小幅高、米相互関税警

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中