最新記事

プロダクツ

Apple Watchは「築くべくして築かれた」ブランド(ITジャーナリスト林信行と振り返る:前編)

2020年7月8日(水)11時30分
林 信行 ※Pen Onlineより転載

デザインやUIに込められた、並々ならぬこだわり。

pen202006150619114907.jpg

初代のApple Watchでは、「EDITION」シリーズとして贅沢な18金モデルが用意された。高価だったこともあり、一代限りの記念碑的モデルとして終わってしまったが、Appleはその後もセラミックやチタンなど新しい素材を探求してEDITIONモデルの開発を続けている。

マテリアルの追及から見えた、機械式時計との差異。

Apple Watchのセールスプロモーションは、ファッション業界への進出やコラボレーションなどの成功例ばかりではないことにも触れておくべきだろう。

初代モデルの発表時に話題を呼んだのがケースに18金を用いた高級モデルで、その価格は実に235万円。使用するマテリアルでグレードが異なるスイスの高級時計ブランドに倣った展開かもしれないが、著名人らにこれら高級モデルを着用させSNSで発信させたのも虚しく、決して成功とはいえなかった。

いかに先進の技術を搭載し、こだわり抜いた最高級のマテリアルを纏ってはいても、スイスの高級時計のように語るべき歴史のない新しいプロダクトに、そこまでの金額を支払う市場が存在しなかったということではないだろうか。

<参考記事>ITジャーナリスト林信行は、新iPad ProにAppleの"先取の精神"を見た。

Appleのていねいなものづくりを感じさせるコンセプトブック。

5周年を迎えたいま、Apple Watchは確かなブランドを築いたといえる。高い機能性はもちろん、ファッション業界へのアプローチやコラボモデルのリリースなど、それを成し得た要因はさまざまだ。そのひとつには、製品の開発前の段階から盤面の細かな点についても膨大なリサーチや検討、議論を繰り返してきたことがあげられる。実はAppleには、そうした検討の足跡ともいえるある本が存在する。

その本とは、Apple Watchのコンセプトブックで、サイドテーブルからはみ出すほどの大判であり、厚さは電話帳ほどだった。そこには時計の歴史や世界のありとあらゆる時計が詳細に調べられており、Apple Watchの開発にあたり、アップルがいかに時計というプロダクトと向き合い、その歴史からひも解いて丹念に調査を重ねてきたかが容易に想像できる内容だった。

またApple Watchの特徴として、カスタマイズ可能な多彩な文字盤が挙げられるが、そのコンセプトブックにはすべての文字盤の動作やカラーバリエーションが詳細に記載されていた。蝶が羽ばたきクラゲが浮遊する「モーション」について、その動きが同じ画角で複数のコマにわたって描かれている。つまりそれは、それらひとつひとつをスタジオでセットを組み、そのナチュラルな動きをカメラに収めているということ。そのこだわりぶりと撮影にかかる手間には、驚きを隠せない。

pen202006150619114908.jpg

歴代アップル製品の中でも、最も画面の小さなApple Watch。その小さな画面に、さらに小さな付加情報を表示することも多いため、小さなサイズでも読みやすいフォントまで新たに開発した。

さらに、Apple Watchは、言うまでもなくアップル製品のなかで最も小さなディスプレイをもつプロダクトである。その小さな画面でも視認性に優れた表示を求めた結果、小さくても見やすいオリジナルフォント「San Francisco」の開発に至ったというのは、アップルにとっては至極当然の結論だったのだろう。

こうした細部にまで宿るこだわりは、Apple Watchが偶発的なヒット商品だったのではなく、「築くべくして築かれた」ブランドである重要な一要素といえよう。

後編はこちら

談:林 信行 構成:高野智宏

※2020.05.13

※当記事は「Pen Online」からの転載記事です。
Penonline_logo200.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中