最新記事
映画

「惨めなクリスマス映画」の新定番、インテリおじさん教師の悲哀を描く『ホールドオーバーズ』

Alone at Christmas

2024年6月21日(金)13時16分
デーナ・スティーブンズ(映画評論家)

ダバイン・ジョイ・ランドルフ演じるメアリー・ラム

ランドルフは本作の演技でオスカーを獲得 SEACIA PAVAO / ©2024 FOCUS FEATURES LLC.

ペインは最初からジアマッティのキャスティングを想定し、ヘミングソンにその旨を告げて脚本を依頼した。ヘミングソンはこの作品で、今年のアカデミー賞オリジナル脚本賞にノミネートされた。

ジアマッティは最高に笑えるだけでなく、インテリだけれど出身高校の教師になる以上のことを成し遂げられなかった男の悲哀を見事に表現している。終盤でポールが大学時代の同期生と偶然再会するシーンを見れば、アカデミー賞にノミネートされたのもうなずける。

ランドルフは、ネットフリックスのコメディー映画『ルディ・レイ・ムーア』(19年)で、主演のエディ・マーフィーを食う演技を見せたが、本作でもコミカルかつ懐の深いメアリーをこまやかに演じて、アカデミー賞助演女優賞を受賞している。

『ホールドオーバーズ』が、70年代の雰囲気をうまく再現しつつ、70年代に製作された映画と大きく違うのは、黒人女性料理長のメアリーを、「主人公の皮肉に早口で突っ込む面白い脇役」として扱うだけでなく、その心情を深く掘り下げた点だろう。

サブジャンルの定番に?

セッサは、ペインが映画の舞台となる高校を探している時に見いだした新人で、これが映画初出演。ポールの嫌みにすぐ切り返す頭の良さと、家族に見捨てられた感覚を併せ持つアンガスにぴったりの荒削りな部分を持つ。

もちろんまだこれからの部分も多く、ジアマッティやランドルフといったベテランと並ぶシーンでは、セッサの演技の未熟さが目立って、ストーリーにのめり込めないという批判さえ聞かれた。

だが、アンガスの秘密と苦悩が明らかになる映画の終盤は、十分説得力のある演技を見せていたと筆者は考えている。

優れたクリスマス映画はどれも、実のところクリスマスが寂しい時期であることを理解している。過去の思い出や家族や故郷を心温まる美しいものと決め付けるこの季節は、苦々しさや孤独感や疎外感といった正反対の感情を同じくらい強烈に呼び起こす。

『ホールドオーバーズ』は、クリスマスソング「ああベツレヘムよ」の合唱が流れるなか、雪化粧で絵画のように美しいバートン校の映像から始まる。だが、その後に続く物語は、孤独で心がゆがんだ主人公が改心する『クリスマス・キャロル』に近い。

ペインの過去の作品は、感情が排除されて冷たすぎると批判されることもあるが、『ホールドオーバーズ』は感傷的すぎると批判されるかもしれない。だが筆者の中では、「惨めなクリスマス映画」というサブジャンルで定番になる可能性を秘めている。

少なくとも、ジアマッティが抑揚のない口調で繰り出す、とりわけ下品だが気の利いたセリフは、パチパチと燃える暖炉の火のように心を温めてくれるだろう。

©2024 The Slate Group

THE HOLDOVERS
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ
監督/アレクサンダー・ペイン
出演/ポール・ジアマッティ、ダバイン・ジョイ・ランドルフ
日本公開は6月21日

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏勝利なら米利回り急上昇、関税で

ワールド

トルコ大統領、中国との関係改善継続望む 習主席と会

ビジネス

ECB、ディスインフレ失速を懸念 一部当局者利下げ

ワールド

中ロ首脳、ユーラシア安保構想を表明 SCO 西側へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 2
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカードの「基本概念」を根本的にひっくり返す悪手だ
  • 3
    現在のビットコイン価格は「高すぎ」か、実は「割安」か...オンチェーンデータから見る「本当の買い時」
  • 4
    「天井に人が刺さった」「垂直に落ちた」── 再び起き…
  • 5
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネーク…
  • 6
    一期一会を演出する「奇跡」の人気店は数年で潰れる.…
  • 7
    「絶不調」バイデンを深追いしなかったトランプ
  • 8
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「なぜその格好...」ルーブル美術館を貸し切った米モ…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 3
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 4
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 5
    ミラノ五輪狙う韓国女子フィギュアのイ・ヘイン、セク…
  • 6
    キャサリン妃は「ロイヤルウェディング」で何を着た…
  • 7
    ガチ中華ってホントに美味しいの? 中国人の私はオス…
  • 8
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 9
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネーク…
  • 10
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 3
    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が34歳の誕生日を愛娘と祝う...公式写真が話題に
  • 4
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 5
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 6
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 7
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 8
    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 9
    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕…
  • 10
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中