拍手と共に失笑も買った「原爆の父」...その「複雑な」人間像は、映画『オッペンハイマー』でどう描かれたか?

A Mind-Blowing Tale

2023年8月2日(水)14時27分
フレッド・カプラン(スレート誌コラムニスト)

戦後、テラーは水爆製造の専門の研究所を造るよう働きかけたが、オッペンハイマーが反対したため、聴聞会でオッペンハイマーに不利な証言をした。

委員会は2対1の多数決でオッペンハイマーのセキュリティークリアランス剥奪を決定した。一方、テラーはカリフォルニア州リバモアに研究所を新設する資金を獲得した。

 
 
 

この出来事は対立に発展し、科学界は、テラー率いるタカ派とオッペンハイマー率いるハト派に分裂した。また、科学者と政府との間にも溝ができ、多くの科学者は、自分の信念を損なわずに助言ができるのか疑問を抱いた。国民に与えた損失は計り知れない。

オッペンハイマーの正当性は、最終的に2つの局面で証明された。

59年、ドワイト・アイゼンハワー大統領はストラウスを商務長官に指名したが、マンハッタン計画に参加した科学者のデービッド・ヒル(ラミ・マレックが熱演)は、ストラウスがつまらない復讐のためにオッペンハイマーに反対する運動を組織したと証言した。

その結果、上院はストラウスの指名を否決した(このシーンは原作にはなく、ノーランが自ら掘り起こした上院公聴会の記録を基にしている)。

科学者たちの罪悪感

63年12月には、リンドン・ジョンソン大統領がオッペンハイマーに、米科学界の権威ある賞、エンリコ・フェルミ賞を授与し、賞金5万ドル(現在の50万ドルの価値に相当)も与えられた。

ホワイトハウスでの授賞式で、テラーに握手を求められたオッペンハイマーはそれに応えたが、妻キティは拒否した。映画では、この勝利の瞬間を正確に描いている。

3時間という長さにもかかわらず、触れられていない側面もある。マンハッタン計画は大規模なチーム作業だったが、それは深く描かれていない。

テラーやアーネスト・ローレンス(ジョシュ・ハートネット)、イジドール・ラビ(デイビッド・クロムホルツ)を除き、ハンス・ベーテ、エンリコ・フェルミ、ジョージ・キスチャコフスキーといった才気あふれる多彩な科学者たちは、カメオ出演の端役のように登場するだけだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ハリケーン、勢力弱める 南東部で少なくとも43人

ワールド

ヒズボラ本部空爆、イスラエルから事前通告なし=米国

ワールド

米国務長官、中国外相と会談 ロシアへの軍事支援など

ビジネス

アングル:欧州のAI規制法、具体的な実施規則が焦点
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:羽生結弦が能登に伝えたい思い
特集:羽生結弦が能登に伝えたい思い
2024年10月 1日号(9/24発売)

被災地支援を続ける羽生結弦が語った、3.11の記憶と震災を生きる意味

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ日本の伝統文化? カギは大手メディアが仕掛ける「伝検」
  • 2
    ワーテルローの戦い、発掘で見つかった大量の切断された手足と戦場の記憶
  • 3
    白米が玄米よりもヘルシーに
  • 4
    中国で牛乳受難、国家推奨にもかかわらず消費者はそ…
  • 5
    プーチンと並び立つ「悪」ネタニヤフは、「除け者国…
  • 6
    中国が最大規模の景気刺激策を発表、これで泥沼から…
  • 7
    野原で爆砕...ロシアの防空システム「Buk-M3」破壊の…
  • 8
    「ターフ/TERF」とは何か?...その不快な響きと排他…
  • 9
    爆売れゲーム『黒神話:悟空』も、中国の出世カルチ…
  • 10
    【クイズ】「バッハ(Bach)」はドイツ語でどういう…
  • 1
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ日本の伝統文化? カギは大手メディアが仕掛ける「伝検」
  • 2
    キャサリン妃の「外交ファッション」は圧倒的存在感...世界が魅了された5つの瞬間
  • 3
    がん治療3本柱の一角「放射線治療」に大革命...がんだけを狙い撃つ、最先端「低侵襲治療」とは?
  • 4
    ワーテルローの戦い、発掘で見つかった大量の切断さ…
  • 5
    白米が玄米よりもヘルシーに
  • 6
    メーガン妃に大打撃、「因縁の一件」とは?...キャサ…
  • 7
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 8
    レザーパンツで「女性特有の感染症リスク」が増加...…
  • 9
    NewJeans所属事務所問題で揺れるHYBE、投資指標は韓…
  • 10
    先住民が遺した壁画に「当時の人類が見たはずがない…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 4
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 5
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 6
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 7
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 8
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つ…
  • 9
    無数のハムスターが飛行機内で「大脱走」...ハムパニ…
  • 10
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中