伝説のスニーカーはナイキの決断と母の愛がつくった...映画『エア』が描くエア・ジョーダン誕生秘話
For the Love of Jordan
バスケ通のバッカロ(左)はジョーダンの母(右)にナイキを売り込む COURTESY OF AMAZON STUDIOS
<エア・ジョーダン誕生秘話『AIR/エア』は、ガッツと家族愛と資本主義の力を讃える快作>
映画『AIR/エア』の結末は、アメリカ人なら見なくても分かる(アマゾン・プライム・ビデオで配信中)。ナイキのスニーカー、エア・ジョーダンがスポーツの枠組みを超え、アメリカを象徴するブランドに成長するのだ。
とはいえランニングシューズを専門にしていたオレゴン州のスポーツ用品会社が、やがて史上最高のプロバスケットボール選手になる若者──マイケル・ジョーダン──との契約に至った道筋は、あまり知られていない。
『エア』の真のスターはマイケル・ジョーダンではなく、スポーツビジネスの歴史を変えた1人の男と1人の女だ。
男はナイキ社員のソニー・バッカロ(マット・デイモン)。メタボ体形の中年男だが、バスケットボールへの愛と知識は社内で誰にも負けず、まだNBAの試合に出たことさえないジョーダンを世紀の逸材と見抜く。
女はジョーダンの母デロリス(ビオラ・デービス)。エージェントでもマネジャーでもない彼女が、息子の契約交渉で最強の手腕を発揮する。
1984年、NBAドラフトの全体3位でシカゴ・ブルズへの入団を決めたジョーダンは、ナイキとスポンサー契約を結ぶどころか、話を聞こうともしなかった。第1希望はアディダスで、駄目ならマジック・ジョンソンらスター選手を抱えるコンバースがいいと考えていた。
それでもバッカロは諦めず、禁じ手まで使ってジョーダンを口説き落とそうとする。ジョーダンの代理人デービッド・フォークの許可も得ずに、ノースカロライナ州まで両親に会いに行くのだ。
最初に出会うのは、中流階級らしい質素な家の前で車の手入れをしている父ジェームズ。だが一家を取り仕切るのは母のデロリスだ。彼女が鉄の意志を持つ手ごわい交渉相手であることに、バッカロはすぐに気付く。デロリスにとって、わが子を慈しみ守ることは神が与えたもうた使命だ。
裏庭で2人が言葉を交わすシーンが素晴らしい。デロリスはバッカロに質問を浴びせて、人となりを探る。ソニーという名の由来を聞かれたバッカロは、母が出産時に付けてくれたと打ち明ける。
「お母様はご存命?」と尋ねたデロリスに、バッカロは答える。「亡くなりました。母は全力を尽くして僕らを育ててくれたと思います」
「人生を家族にささげるのは立派なことよ」と、デロリスは言う。「家族に与えて与えて、与え尽くして。何も残っていないのにまだ与える。家族にはその価値があるから」