伝説のスニーカーはナイキの決断と母の愛がつくった...映画『エア』が描くエア・ジョーダン誕生秘話
For the Love of Jordan
出番は少ないが、デロリスはこの映画の魂だ。『ウーマン・キング』で架空の女王を演じたデービスが、今回は実在の黒人女性を熱演。デロリスは人種差別や男社会への恨み言を一切口にせず、犠牲者の顔を決して見せない。
間もなくアディダスとコンバースがジョーダン親子の心をつかむのに失敗し、ナイキにチャンスが到来する。
バッカロ以下ジョーダン勧誘チームは、プレゼンの準備に取りかかる。1人の選手に履いてもらうための特別な1足をデザインしようと、寝る間も惜しんで奮闘する。スニーカーの名前は「エア・ジョーダン」だ。
プレゼンは大成功。今か今かと結果を待つバッカロに、デロリスが電話をかけてくる。契約したいが最後の条件があると、彼女は言う。
条件とは、契約金に加えて靴の収益の一部を支払うこと。収益をアスリートに分配する契約など前代未聞だとバッカロは抗議するが、デロリスは譲らない。
困ったバッカロは、ナイキの共同創業者でCEOのフィリップ・ナイト(監督も務めるベン・アフレックが演じる)に相談する。ナイトはしばし思案し、「やるべきだ」とゴーサインを出す。この瞬間、歴史がつくられる。
実にアメリカ的な物語
当初ナイキはエア・ジョーダンの売り上げを4年で300万ドルと見積もったが、85年の発売開始から1年で1億6200万ドルを売り上げた。過去5年で「ジョーダン」ブランドは190億ドルを稼ぎ出し、マイケル・ジョーダンの取り分は5%。靴の契約で、ここまで稼いだスポーツ選手はほかにいない。
デロリスが息子のためにフェアな契約を求めなければ、こうしたことは起きなかった。デロリスは資本主義を非難する代わりに、賢く利用した。あの運命の交渉で、どんなエージェントやマネジャーより大きな富を築いた。
成功の源はどこにあったのか。クリスチャン放送網(CBN)によれば、彼女は家族を最優先に考える姿勢と信仰のたまものだと語ったという。
『エア』には爆発シーンも特撮もない。あるのはバスケットボールというスポーツと同様、極めてアメリカらしいストーリーだけで、そこにたくさんのメッセージが詰まっている。リスクを冒すことの大切さ、ガッツ、勇気、そして資本主義の力。