ドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』にひどく失望...マニアには物足りないし、若いファンには混乱の元
Making a Mess of a Goldmine
お宝映像や音源を基にボウイの人生をたどる遺族公認の『ムーンエイジ』 ©2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
<ロック界の伝説に迫る「体験型ドキュメンタリー」は音楽制作も素顔も掘り下げない見かけ倒しな残念作>
1980年代初期、10代の少年だった私はプラネタリウムで『ピンク・フロイド・レーザーショー』や『レッド・ツェッペリン・レーザーショー』を見た。ドームには星空ではなく、バンドの音楽に合わせてレーザー光線が踊るイベントだ。
けれども派手なスペクタクルにはすぐに飽きて、クラシックロックやプログレッシブロック全般を敬遠するようになった。これでロックの壮大さが体感できるというなら、そんなロックは大したことないと思ったのだ。
創造性の点で、当時のニューウエーブやパンク系アーティストのミュージックビデオははるか上を行っていた。そして彼らに強い影響を与えたのが70年代のデヴィッド・ボウイだったから、私にとって彼の名前は大事なマントラとなった。
2016年にボウイが死去してからファンになった若い世代を含め、大勢のはみ出し者やアート系オタクにとって、ボウイは過去50年余り、そんな存在であり続けた。
私がドキュメンタリー映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』にひどく失望したのは、そうした体験のせいもあるだろう。
【動画】これじゃボウイが浮かばれない...映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』の予告映像
目指したのは「遊園地」
監督のブレット・モーゲンは遺産管理団体から、ボウイが保管していた膨大な映像や音源や文書を委ねられた。そしてそのお宝を、事もあろうに派手なだけで空虚な『レーザー・ボウイ』に変えた。
監督自身がロサンゼルス・タイムズ紙で、『ピンク・フロイド・レーザーショー』とディズニーランドを何より参考にしたと語っている。「私は自分の作品をテーマパークと見なしている」とも述べた。
感覚的な刺激が最優先の『ムーンエイジ』には、文脈も時系列も重要人物の紹介もない。ナレーションが全てボウイのインタビュー音声なのはいい。ロック史きっての博識と雄弁を誇るスターに、そこらの識者の解説は無用だ。
一方で彼はたびたび発言やイデオロギーを翻したから、正しく解釈するにはその発言がいつのものなのかをはっきりさせる必要がある。
だがモーゲンは字幕で説明を加えることさえ嫌がった。ロサンゼルス・タイムズでも、「私は体験をクリエートしたかった。体験の対極にあるのが情報だ」とうそぶいた。
この姿勢は真実を軽んじるドナルド・トランプ前大統領の支持者を連想させるばかりか、ボウイに対して無礼だ。
ボウイは神秘のオーラをまとい、その言動は矛盾をはらんでいたが、土台には実体験と情報があった。アルバムにはどれも、発想の源となった芸術や文化や哲学を知るヒントがちりばめられていた。